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第4話
ああでも、もし俺の素性が本当だったら、琥珀は俺を殺したいだろう。俺が親を殺して、自分を殺したら、琥珀の望みは叶うだろうか?
もしかしたら、琥珀たちが思うより簡単に俺にはそれができるのかもしれない。
そうしたら俺は、琥珀の役に立てるだろうか?
俺は、考えながらずっと歩いていたらしい。気づくと草原はなくなっていた。曇り空だが、昼間のようだ。
「<居留地>……?」
俺は、自分が歩いているところに見覚えがあることに気づいた。ついさっき、舟で出てきたはずの<居留地>の風景が広がっている。
俺は、港を離れて、メルーの店の方に歩いていった。
何か目的があったわけではない。でもしばらく、俺が生活していたところはそこだけだったから。
俺は扉を押した。
だけど、扉は開かなかった。よく見ると埃がたくさんたまっており、隣の窓のガラスにもヒビが入っている。
足を使って扉を蹴ると、軋んだ音を立てながら少しだけ開いた。隙間から中に入る。
店の様子は、今日出てきたときと少し違った。どこがというわけではないけど、売り物がちょっと違った。
机や什器の位置は変わっていない。
「メルー? 琥珀?」
俺は声をかける。誰もいないようだ。
足元を見ると、足跡がくっきりと残っていた。埃がだいぶたまっているようだ。
俺は、二階に上がっていった。俺と琥珀が使っている部屋に駆け寄る。
その扉も、長い間使っていないようだ。俺が触れたことで埃が舞い上がる。
俺が扉を開けると、室内は変わっていなかった。置きっぱなしだった荷物はないようだ。ギリギリまで琥珀と練習していて、乱れていた寝台は、きちんと整えられていた。
それを見て、ついさっきまで、俺の腕の中にいた琥珀のことを思い出す。
琥珀。早く帰って、彼のもとに戻りたい。
じわりと、不安が俺の胸に広がる。
だけど、彼は俺が近くにいることを許してくれるだろうか? もし俺が本当に、<光の一族>の人間だったりしたら?
わからない。
それでも、とにかく琥珀のところに戻ろう。この部屋も、幻覚なのだろうか?
どうしたら、この幻覚から抜けられるのだろう?
俺は部屋の窓から、街を見下ろした。
そうして、あることに気づく。街に誰もいない。まったく人間の気配がなかった。
よく見ると、他の家もところどころ壊れているところが多い。いったい、どういうことなのだろう?
「……?」
港の方で、一瞬、何かが動いた気がした。俺はまた駆け下りて、メルーの店から外に出た。
港に向かって走る。海が見え、火山が見えた。俺の記憶にあるより、火山の位置が近い気がする。舟は一艘もない。波の音だけが静かに聞こえた。
さっき、俺が琥珀たちといたところに、ひとり、黒髪の男が立っていた。今の俺より、少しだけ背が高い。
「あなたは……?」
俺の声に反応して、彼はゆっくり顔を俺の方に向けた。
「……藍晶?」
そう言いながら、俺はその瞳が、彼より薄い色であることに気づいている。
「俺が誰か、わかるだろ? 灰簾」
背筋がぞわりとした。
「──俺?」
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