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第5話
彼は嬉しそうに微笑んだ。
「そう。ずっと未来の、きみ。おいで。誰かと話すのは久しぶりなんだ」
なんだか胃のあたりがぞわぞわする。ものすごく、いやな感じだ。
とても怖いのに、俺は、魅入られるように彼のそばに近づいた。さっきの違和感を思い出す。
「ねえ、どうして、誰もいないんだ?」
彼はうっすら微笑んだ。
「みんな、消えたんだ。神の怒りに触れたから」
なんでもないように、彼は言った。なんだろう? つい最近、同じようなことを聞いたような気がする。
「どうして……?」
彼は悲しそうに俺を見る。
「<光の一族>が、自分の役割を果たさない」
<光の一族>。さっき見た幻覚を思い出して、動悸が早くなる。
「それは、……俺のこと?」
彼は静かにうなずいた。
「そうだよ、灰簾」
なんだろうなんだろう。俺の、役割ってなんなんだ?
いやな予感が止まらない。さっきの、母親がどこかに連れていかれたことと、何か関係があるのではないのか?
「俺の役割って?」
彼は、黙って俺を見つめる。しばらくの沈黙。耐えきれなくなった俺が口を開こうとしたとき、彼も口を開いた。
「……藍晶がきみを、<楽園>に連れていく。そこで、きみは必要なことを知るだろう」
俺は首を振った。<楽園>ってどこだ? イラスがいるって、琥珀が言っていたところ? どこだかわからないけど、琥珀がそばにいないなら、そんなよくわからないところなんかに行きたくない。琥珀はそんな、<光の一族>の話なんかにはつきあわないだろう。
「なあ、俺だったらわかるだろ? 俺は、<光の一族>なんてどうでもいい。琥珀とずっと一緒にいる」
それを聞いた彼の表情を、なんて言ったらいいのか。俺にはよくわからない。
悲しそうなやさしそうな、愛おしそうな懐かしそうな、切なそうな。とても、複雑な顔をした。今すぐに、泣いてしまいそうな顔。
彼の手が伸びて、俺を抱きしめる。
それは、不思議な感覚だった。自分と同じ顔をした誰かに強く抱きしめられるのは。
「そう、きみは幸せなんだな……」
俺を抱きしめたまま、彼はそう言う。その声があまりにもかわいそうで、俺はものすごく不安な気持ちになる。
未来の自分が、どうして今の自分を幸せだと思うのか。……考えると怖い。考えたくない。
「そんなふうに、過去を懐かしむなよ」
俺が言うと、彼は我に返ったように俺から体を離した。
「そうだな、灰簾。俺は後悔はしていない。それだけ、覚えていてくれたらいい」
そのとき、彼の後ろにある火山が、大きく噴火するのが見えた。
俺の立っていたところも大きく揺れる。煙が空を覆い、空から石が降ってきた。
彼は俺をかばって、膝を折った。俺は慌てて彼に手を差し出した。濡れた感触。血だ。
彼の腕は、石がぶつかり血が流れていた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ」
彼は微笑んだ。なんだろう。その笑顔は、なぜか俺に琥珀を思い出させた。
「さあ、帰るんだ。灰簾。きみの運命のところへ」
立ち上がった彼は、血に濡れたその腕で、俺の肩をぽんと押した。油断していた俺は、そのまま海に落ちる。
──え?
俺は海中に頭から落ちた。血が海中に流れていく。彼の血だ。
不思議と、息苦しい感じはない。そうだ、これも幻覚なのだ。
海中から、火の塊が港に飛んでいくのが見えた。彼は大丈夫だろうか。<居留地>は? どうしよう、<居留地>が燃えてしまう……。
そう思ったけれど、俺には何もできなかった。俺は、すべての慕わしい記憶を思い出しながら、気を失った。
光の子/終
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