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幕間・楽園にて 2
「エトナ、大丈夫か?」
目が覚めると、メルーが心配そうな顔をして俺を覗きこんでいた。<大学>に向かう途中。山の中腹で、俺はメルーと野営をしているところだった。大学に到着するまでには、まだ数日かかるだろう。
「何が?」
尋ねられた言葉の意味がわからず、体を起こした俺がぼんやり聞きかえすと、彼の指先が俺の目元に触れた。
「泣いてるからさ」
言われるまで気づかなかった。俺は彼の手を押し返すように、自分の手で頬をぬぐう。
「なんでもないよ」
メルーは物言いたげに俺を見た。
「坊やの名前を呼んでたよ」
しつこい。こういうときに、灰簾なら気づかないふりをしてくれるのに。
メルーとは同い年で、少年のころから仲がいいのだが、灰簾とずいぶん一緒にいたからか、俺はつい彼らを比較してしまう。
灰簾は勘が鋭かったが気を遣うところがあって、よくこちらを窺うように様子を見ていた。子供なのに大人びたそんなところが、俺には心配で、だけどかわいくて──。
「<楽園>にいると」
メルーは悲しそうな顔をして、俺の肩を抱く。
「じゃあ遅かれ早かれ、会えるだろ」
メルーも、さっきの俺と同じことを考えたのだろう。
「会いに来てくれないかと言っていた」
俺の肩を抱くメルーの手に力が入る。
「エトナ」
「わかってる。俺は自殺したりはしないから」
あからさまにほっとした様子だ。
「そんな、今だろうがこの先だろうが、大きな差はないだろ。俺たちは長生きもしないだろうし」
「ああ」
俺の額に、小さくメルーの唇が押しあてられた。
「いい子だ、エトナ。朝飯にしようぜ」
彼は小さな子供に教え諭すように、やわらかく微笑んだ。そして俺から離れると、自分のリュックサックから手早く、携帯用の食糧を取り出した。
俺も自分の食糧を自分のリュックサックから取り出しながら、夢の中で聞いたことを反復する。
『琥珀、俺は死んではいません。あなたは死ぬ必要はない。今までどおり<光の一族>を探していれば、俺に辿り着けます』
そうだ、そんなこと言っていた。
それが本当だったら、俺が今やっていることの先に灰簾がいるはずだった。
正しいのかはわからない。俺は単に、自分がやっていることに彼を結びつけたいだけなのかもしれない。それでも、夢の中の彼はまるでそこに存在するように、少しずつ成長していて、その感覚は生々しかった。
俺は、その先の言葉を思い出す。
『あなたが、俺を殺すかもしれないけれど』
そんなこと、あるわけがないのに。
どうしてそんなことを言ったのか。
灰簾。
聞きたいけれど、彼はどこにもいなかった。ひとまずは、今日はこの山を登らなくては。
ふと甘い香りがして、俺はそちらに目をやった。俺のすぐ右に、真っ赤な林檎が転がっている。こんな山の途中で、大きな果実が手に入るなんて珍しい。
この香りのせいであんな夢を見たのだろうか。
俺はそれを取り上げるとかじりつく。
その果実は、どこまでも甘かった。今朝見た、慕わしい夢の残り香のように。
幕間・楽園にて/終
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