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2章 第1話

『灰簾?』  そう呼びかけられて、俺は夢を見ているのだ、と思う。  振り返ると、蜜のような金の髪が目に入る。  なつかしい、声。 「琥珀!」  俺は駆け寄ると、彼に抱きついた。彼は一瞬驚いた顔をして、それから微笑む。彼の視線が俺より下になっていた。  微笑むと目尻に皺が寄って、初めて会ったころの、誰でも殺せそうな鋭利な感じが、ほんの少しだけ減っている。 『そうか、また夢なんだな』  俺を下から覗きこむようにして、琥珀がつぶやく。 「会いたかったです、琥珀」  俺が言うと、彼は微笑みを深くしながら俺の頭を撫でた。 『どこに行ってたんだ、灰簾。たくさん探したんだよ。おまえが<試練の島>から帰ってこないから』  尋ねられて、俺は苦しい気持ちになった。俺だって、こんなところに自分がいることが理解できない。 「……<楽園>に、いるそうです」 『<楽園>?』  怪訝そうな顔をして、琥珀は俺を見た。ここは、琥珀の考えている<楽園>とは違うところだ。だって、琥珀が言うには、死んで火葬された人間と再会できるのが<楽園>のはずだから。  俺はたぶん死んでいないし、死んだひとにも再会していない。 「俺にもよくわからない。でもあなたが知っている<楽園>とは違うみたいです」  俺が言い終わらないうちに、強く抱きしめられて、俺はほっとする。あたたかい、琥珀の体温。 『灰簾……、おまえは、生きてるよな?』 「はい」  強く、自分の頬に琥珀の頬がこすりつけられた。 『灰簾、灰簾。おまえは、俺のそばにいたいと言っただろ?』 「はい」 『なんでいないんだ?』  置いていかれた子供のように心細い声でそう問われて、俺はなんて言えばいいのかわからなかった。だって、今まで、そばに置きたがらなかったのは琥珀の方で。彼が俺がいないことをなじるような、そんなことがあるとは思っていなかった。  俺の夢だから俺に都合がいいのだろうか。でも、俺の夢はすべて真実だと、はやせが言っていた。それに俺を抱きしめる彼の感触は、本当に真実のようにしか思えない。 「……わかりません」  それは本音だった。  俺は、彼のそばにいることがすべてだと思っていたのに、どうして会いたいときに、自分がどこにいるかもわからないのだろう。 「灰簾。俺は、おまえを探してるよ。これからも探す。だから、ちゃんと生きておけよ」  琥珀はそう言って、俺の頬の傷痕を撫でた。胸が苦しい。彼が俺を見つけたとき、彼は俺に失望しないだろうか。  俺が、彼が誰よりも憎んでいる≪光の一族≫だなんて。  それでも、俺は彼に会いたくて、頷くしかない。 「……はい」

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