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第4話
「あなたが言っていた、不幸になる方が俺だったんですね」
藍晶は、はっとした顔をして、それから悲しいような微笑みのような、なんとも言えない表情で俺を見る。
「きみは、俺の聞いたことを覚えてたのか」
「はい。あなたは大切なひとがふたりいて、どちらかを幸せにしたらもうひとりが不幸になるとしたら、どうするか、聞きましたね」
「灰簾」
彼は、手を伸ばして俺の頭に触れた。
父だと言われても、何度も会ったことがあるわけでもないこのひとに、そんなふうに距離を近づけられると、俺はどうしていいのかわからない。
「あなたは俺を<王>として差し出す代わりに、母を<王>から解放したんですね」
「灰簾。時期は違っていたかもしれないが、いずれにしても、きみが<王>を継ぐことができる唯一の人間であることに違いはない。きみ以外に、<光の一族>はもういないんだ。言い訳にはなるが、少し説明させてくれ」
俺は特になにも聞きたくはなかったけれど、それでも、わからないよりはわかっていた方がいいかと思い頷いた。
痛いものは痛いと思う方がいいと思うから。
そう琥珀に言ったんだっけ。俺はぼんやり、その時の彼の反応を思い出そうとする。その間に、藍晶は話し始めた。
「俺は昔から、夕月の<夫>としてこの場所で育てられてきた。夕月は俺が生まれるずっと前から生きていて、王だったから、俺の前にも<夫>や<愛人>はいたはずだ。だが、<王>に比べたら俺たちは皆短命だから、俺たちは入れ替わっていく必要があった。それで、俺は新たな<夫>として準備されていた。それでも、俺はずっと、彼女に憧れていて、彼女の<夫>となる日を楽しみにしていたよ。
俺が成人したころ、彼女は俺を<夫>として、それから<火の一族>のタラナキという<愛人>と、<水の一族>の<妻>を得た。それはもともと予定されていたことだ。
だが、<石の一族>は<王>の<夫>となるが、再び会うことは認められていない。俺とは、彼女は夢を孕むことができないからだ。俺は<火の一族>ではないから、その力がない。<石の一族>には、あくまでも種子の役割しかない。種子を夢に育てられるのは、<火の一族>への愛だけなんだ。
タラナキはいいやつだった。俺は彼の友人でもあって、俺は彼も好きだったよ。それでも、俺は彼が彼女と何度も愛し合うことができるのに、自分が一度しか求められていないことに嫉妬した。そして、ある日俺は気づいてしまったんだ。彼女にとっても、俺は特別な存在なんだということに。
灰簾、許してくれ。俺は一度しか<王>に会ってはいけないという禁忌を破り、彼女と何度も会った。そうして彼女は、俺にそっくりなきみを孕んだ。俺には夢を孕ませることはできないが、人間の子供は誰でも宿らせることができるから。
灰簾。きみは、俺たちの愛の子供だよ。そう、あいつは、タラナキはそれをこう呼んでいた。呪いだと。ベルデ、きみたちの言葉では、愛は呪いなのだろう?」
藍晶は、ベルデに向かってそう聞いた。
『なぜおまえはそんな、あの男と同じ目の色をしているんだ? その色は……呪いの色だ』
俺はずっと昔、その言葉を俺にかけたひとのことを思い出す。あのひとが、タラナキというひとか?
「そうです。それに囚われると、愚かしいことをしてしまうから」
ベルデが答える。
「たしかに、きみの言うとおりだった。俺は禁忌を破り、処罰を受けた」
彼は自分の足を軽く叩いた。
「足を切られて、長く塔に閉じ込められていた。まあ、自業自得だが」
自嘲気味に彼は微笑む。
「<王>はしばらくはきみと、タラナキと<城>で生活していたが、あるとき、きみを逃がすようにタラナキに頼んだようだ。きみに、自分と同じような運命を背負わせたくなかったんだ。彼女に最後に聞いたところによれば、彼女は、きみを運命から逃がすことができるとまでは思っていなかったようだ。ただ、きみに少しでも運命からの猶予を与えたかったと。
タラナキは、彼女の意思を汲んできみを連れて逃げたが、おそらく逃げ切れなかった」
「俺は、スラムにいたんです。<黒き石の大陸>の」
俺が言うと、彼が頷く。
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