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第6話

「おまえが逃げたせいで、また人間が減った。神が怒りを示している」  ベルデに伴われて<城>に帰ると、はやせが不愉快そうに腕を組んで、玉座に座って俺を見ながら言った。  自分にあてがわれた部屋に戻って、俺はさきほどの彼女とのやりとりを思い出していた。 「どうしてそんなことがわかるんだ?」 「おれが夢を泳ぐからだよ。おれはここから出たことはないが、この世界のすべてを見ている」 「なあ、はやせ。俺はどうしても、自分の知らないこの世界の誰かがいなくなったからと言って、俺たちが犠牲にならなければいけない理由がわからないんだ」  どう言ったらいいかわからないまま、俺は言った。  ずっとここで生活していたはやせには、この世界を守ることが正義だろう。それはわかる。  彼女はそのためにずっと生きてきているのだから。  だけど、俺には突然押しつけられたしきたりで、自分がそれをやらなくてはいけないということが、どうしても腑に落ちなかった。彼女だって、みんなのために不自由を強いられている。生まれつきそのような生活を送らなくてはいけない彼女は、不幸に見えた。  その役割を拒否する権利も、俺たちにはないのだろうか。  彼女は長いため息をついた。 「きみが見知らぬ民を、自分の身近にいた人間以上に愛せないことはわからないではない。だが、<王>よ。きみは今までに<光の一族>のために捧げられた<火の一族>を無駄にするつもりか?」 「……あ」  言われて、俺の脳裏に、イラスの顔が浮かんだ。  イラス。みんなのために、ベルデのために、生贄になろうとしたひと。  それから、一緒に過ごした<純血>のみんな。琥珀の弟。 「すでにたくさんのひとが犠牲になっているんだ。それを無駄にしないためには、これからだって、続けるべきだ。それを背負うことができるのが自分だけなら、それはおれの使命だよ」  強い水色の瞳を向けられる。力強い、意思を感じるまなざし。  俺は、それ以上反論できずに、自室に戻った。なぜなら、彼女が言うことは琥珀と同じなんだ、と思い至ったから。  琥珀は<革命>を起こすために、たくさんの<火の一族>の命を背負ってきた。  今までたくさんのひとを犠牲にしてきたのだから、もう自分は死んではいけない。  だが、生きていることが正しいのかもわからない。  だから誰かに殺してほしい。  俺に殺してほしい、と琥珀がそう言ったのはきっと、それが理由だったのだ。  舌に、さきほど口にしたベルデの血の味が蘇ってくる。甘い、蠱惑的な芳香。  すっかり楽になった頭痛。  俺の感覚は、何よりも明確に、俺が<火の一族>を食って生きていく種族であることを俺に教えていた。  ──殺してほしい。  その感情が、俺の胸に湧きあがる。  自分が生きていくために、大切なひとたちを犠牲にしていくなんて、耐えられないのに。

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