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3章 第1話
俺はただただ、太陽に熱された砂漠の岩と砂が懐かしかった。俺だって、<火の一族>の試練を受けたんだから、当然だ。
どれほどの時間、俺は夢でだけ琥珀と会っていたのか。
いつでも曇っていて肌寒い、<楽園>の季節がどのような時間で巡るのか、俺にはよくわからなかった。でも俺の髪はずいぶんと伸びたし、夢で胸の中に抱く琥珀にも変化があったから、それなりの時が経ったのだろう。
夢の中の彼は、まるで本当に俺の隣にいるように、生々しい感触を持っていた。抱きしめても口づけても返ってきたし、彼は嬉しそうに微笑んで、俺が大きくなったと言うのだった。夢の中の彼も、俺が成長するのと同じくらい、彼も年を重ねていた。
前より少し、疲れているような感じもしたし、俺に甘えているような感じもあった。
<楽園>に来るまで、俺にとって琥珀はずっと大人で、俺はそれに追いつけないことがいつもいやだった。だからそういう、少し子供っぽさを見せる琥珀にも俺は惹かれた。もちろん夢の中の彼は、本当の彼なのか、俺の願望なのかよくわからなかったけれど。
はやせは彼のことは忘れて彼以外を<愛人>にすべきだと言ったけれど、俺が彼に会っていること自体は否定しなかかった。
そうして、ついに琥珀がやってくる日が来た。
「だらしない」
長い玉座に横たわっていた俺をあきれたように見ながら、はやせが言った。俺はもう、ずっとこんなふうだった。
だって、あまり動きたくない。しつこくまとわりつく頭痛は俺の動きを緩慢にさせた。
その理由が、<火の一族>の<火焔>を、あまり口にしていないせいだということは、できるだけ考えないようにしていたが。
「きみの愛人だ」
一瞬で俺は緊張して、慌てて身を起こす。急に起きあがったので、また頭がひどく痛んだ。
俺の前に男が投げ出される。後ろ手に縄で縛られているようだ。
はやせが掴んでいたその縄をぞんざいに放り出したのだ。
琥珀色の髪。
胸がギリギリと締め付けられるように痛んだ。いつもの体調不良とは違う。
俺は浅く息を吐く。
その瞬間、その男が俺の胸に飛び込んできた。
鎖骨が熱い。
音を立てて、冷たい床の石に何かが落ちた。小さな、剃刀か。
その男が口の中に隠したそれで、俺を襲ってきたのだった。
俺の首を狙っていたのだろうに、少し下になったのは、はやせが足をその男に引っかけたのだった。
はやせがつまらなさそうにためいきをつく。
「そいつをなんとかして、きみの愛人に戻しておけよ」
俺はがっかりした。はやせの邪魔が入らなければ、俺の願いは叶えられたかもしれないのに。
「うっかり殺されたりするなよ。そんなことをしたらこいつを俺が殺すからな」
はやせは釘を刺して、さっさと出ていってしまう。
よろけて床に膝をつきながら、男は顔をあげる。
ギロリ、と強い瞳が俺に向けられた。憎しみ。
もし後ろ手に縛られていなかったら、今すぐ俺に殴りかかってきたであろうまなざし。
もちろん、そうだ。彼は<光の王>を殺しに来たのだから。
「……琥珀」
ひさしぶりに見た彼は、最後に会ったときよりも少し痩せて、少し雰囲気が落ち着いたように見えた。
もちろん俺が大きくなっただけ、彼が老けたのは当然なのだけど。
ずっと待っていた慕わしいその姿を見て、俺はどうしたらいいのか、どんな気持ちを持ったらいいのかわからなくなる。
「……灰、簾……?」
ひどく驚いたように、琥珀の目が見開かれた。どうしていいかわからなくて、俺は微笑む。
「おまえ、どうしてここに? 捕まっていたのか?」
その質問には、どう答えたらいいのだろう。彼の言うとおりではあるのだけれど。
俺はそっとしゃがみこんで、床に落ちた剃刀を拾いあげた。
「後ろを向いてください。その縄を切ります」
「あ、ああ」
彼はなすがままになっていた。
俺が剃刀でその縄を切ると、彼はやわらかい、懐かしいようなものを見るような、やさしいまなざしで俺を見た。
ああ、俺の好きな琥珀だ。
琥珀の腕が伸びて、ぎゅっと、抱きしめられる。
「灰簾、本当におまえなんだな」
俺も、彼を抱きしめかえす。
懐かしい、琥珀の匂いがした。ずっと昔、彼のそばにいたときには当然のようにいつも嗅いでいた彼の匂い。
それだけで、ひさしぶりに俺の官能は刺激された。もうどれくらい、こうやって抱きあっていなかったのだろう。
「はい、琥珀」
琥珀の指が、心配そうに俺の傷ついた鎖骨の近くを示した。
「痛いか?」
「大丈夫です」
少し血の匂いがしたので切れているようだったが、本当に、大した痛みはなかった。
「ごめん、おまえだと思わなくて」
「いいえ。あなたは間違っていません」
「何が?」
「俺が、あなたがずっと殺したいと思っていた、<光の王>です」
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