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第2話
それを聞いたときの、琥珀の表情を俺はずっと想像していた。ここに来てから。
もちろん、本音を言えば、何も知らない琥珀に殺されてしまう方がよかった。
だって、どう想像したって、それがいい表情なわけはなかった。
驚愕? 憎悪? 絶望? 不信? 悲しみ?
どんな感情だって、俺が彼から向けられたくないものだ。
それでも彼が一回で成功しないなら、俺は本当のことを言って、その上で彼に殺してもらうしかない。
はやせは俺が彼に殺されたら、彼女は琥珀を殺すと言ったけど。
それが今の俺に、どれほどの歯止めになるかもう俺にもわからない。だって琥珀はずっと、俺に殺されたがっていたし。
「なんだか、俺は変だったでしょう。よく体調を崩して、あなたと口づけると、元気になっていた」
琥珀は怪訝そうな顔をしていた。まだよく、俺の言うことが理解できていないらしい。
「つまり俺は、生まれたときはここに住んでいたんです。それが色々あって、俺は子供のころにここを連れ出されて、<王国>へ。彼らはこの場所を継ぐ人間が俺しかいないので、俺をここに連れ戻して、<王>にした。だけど、<光の一族>の主食はあなたたち、<火の一族>です」
俺の鎖骨の傷の近くにあった琥珀の指が、震えているのがわかる。
俺はそっとその手を取って、両手で握りしめた。
「俺は、あなたたちの<火焔>を、つまり体液を受けると、長く生きます」
やっと、意味がわかってきたのだろう。琥珀の顔が凍りついていくのがわかる。
「だって、おまえは<火の一族>になって……」
そうだ。それはたしかにそうだけど。
俺は手を伸ばして、琥珀の冷たい唇にそっと、自分の唇を触れさせた。
一瞬だったけど、すぐに頭痛が楽になる。
ベルデの血とは全然違う。
これが、琥珀が俺の<愛人>だっていうことなのか。
「今、俺の頭痛はずいぶんよくなったんです。意味がわかりますか、つまり俺はあなたを食いたいと思っているんです」
俺の握っている、琥珀の手の震えが強くなっている。俺は、彼がそれに気がつかないように、さらに強くそれを握った。その刹那、その手が振り解かれる。
「おまえは、俺たちの一族になりたいと言っただろう?」
絞り出すような声だった。琥珀は俺の上衣の胸元を引っ張ると、勢いよく左右に裂いた。彼は俺に触れていないのに、まるで、俺自身が彼に引き裂かれたような痛みを感じた。
その下の、炎の入れ墨が露わになる。琥珀とは全然違う、一番小さな炎だけれど、俺が、彼の一族になりたいと、わがままを言って入れてもらった入れ墨。
「今でも、そうであったらいいと思っています……」
苦しかった。あのときのように純粋に、ただ彼の味方になりたいと言えない自分が。
今だって、彼の敵にはなりたくない。彼が望みを叶えてくれるのが、俺の一番の願いだ。
彼の指が、俺の胸元の炎に触れた。指が触れたところが熱い。
彼に触れられて、俺は欲情に襲われてしまう。だって今まで何度もこんなふうに触れあって、欲望を交わしあっていたのに。
「それなのに、おまえは、俺たちを食うのか」
そう言った琥珀は、俺が今まで見たことのない表情をしていた。
一度だって、彼が俺に向けたことのなかった感情。
俺はびくりとして答えられない。冷たい氷を、首元に落とされたような気持ち。
「こんなふうにして、俺たちの精を搾り取ろうとしているのか」
彼の指が荒っぽく俺の服を引っぱって、俺は泣きたくなる。
ずっと長い間、こうやってまた彼と触れあいたいと思っていたのに。
俺の欲望はすべて、この世界を維持するためにしくまれた感情だったのだろうか。
今まで何度も、彼がほしいと思った。それだけじゃない。彼以外の<火の一族>の血も、何度となく俺から舐めたいと思ったことがあった。今まで、俺が感じていた気持ちは、全部俺が、単に<光の王>だったからにすぎなかったのか。
「抱いてやればいいのか、おまえが望むように」
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