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第5話
「灰簾、──」
かすれた琥珀の声が、俺の耳元にささやかれた。<火の一族>の言葉。イラスが俺に教えてくれた、呪いの言葉。
それと同時に、彼が俺を貫いていた。まるで彼の体から入れ墨が、蛇のように解けて大量に俺の中に入ってくるようだ。
「ん──!」
思わず、涙がこぼれる。
強く抱きしめられて、逃れようとした体が動けなくなる。もう一度、はっきりした声で、彼は俺にその言葉をささやいた。
「灰簾、<愛してるよ>」
「あ、ああ……、あ、」
俺は無我夢中でそれから逃れようとして、全然彼の腕の中から逃げ出せない。
怖い? つらい? 痛い? 違う、わからない。嬉しい? 注ぎ込まれる言葉に対して、湧きあがってくる感情がただただ耐えがたい。
俺はどうしていいかわからなくて、無我夢中で手を伸ばした。何かすがれるものがほしかった。ばたり、と音がして、寝台にいくつも乗っていた枕が床に落ちた音がする。ああ枕、あれを投げあったっけ、このくらい大きな寝台の上で……。
「ああ、灰簾。許してくれ。たぶん俺はおまえにずっとこういうことがしたかった」
逃げ場を探していた俺の手を上から押さえつけるように握ると、苦しそうに、琥珀がささやく。
「一番最初におまえを見たときから。声をかけてきたおまえを見て、連れて帰りたいと思ったんだ、ひどい目に遭うと知っていたのに。ろくでもないな」
「あ、ああ……、ちが、違……」
大きく腰を揺らされて、きちんと息ができずにうまく言えない。
あなたは違う、と俺は言いたかった。琥珀が謝ることなんて何もない。
俺が<光の一族>だから。
そう言おうとして、俺は思い直す。押さえられていない方の手を伸ばして、彼に抱きついた。
「琥珀、俺も<愛しています>…っ」
ついさっき、彼が口にした言葉を繰り返す。耐えがたかった、さっき俺に湧きあがってきていた強い感情。
「灰簾、っ……もう離れるなよ」
体を止めて、琥珀が俺を見た。どこかすがるような、迷子の子供のような。
俺は知ってる。彼がずっと、淋しい子供のままなこと。彼は俺のそばにいてやりたいと言ってくれたけど、彼もまた、俺がいないとだめなんだ。
愛しい、と思った。彼の孤独を、俺が抱えてあげたい。
汗に混じって、水滴が俺の顔に落ちる。汗だけじゃなくて。
俺はそっと、彼の濡れた頬を撫でる。
この世界で、琥珀だけが幸福であればいい。それ以外の、世界のことなんて知らない。
「はい…っ、琥珀」
俺の返事を聞くと、改めて意を決したように、強く、琥珀が俺の内側を抉ってきた。
彼以外のひとの記憶を思い出さないように、俺は目を閉じて、琥珀の存在に集中する。
繰り返される動きに、目の裏がちかちかする。目を閉じても突き上げてくる琥珀の熱を自分の内側に熱く感じる。俺の体は止めようもなく、それに合わせて激しく動いた。
「あ、ああ……、琥珀、こはく…っ……!」
熱い。琥珀の<火焔>が俺の中ではじける。それと同時に、俺も。
頭が真っ白になる。体中が彼の黄金の光で満たされていくようだ。
黄金の光。琥珀の髪と同じ色。
俺は達したあとも自分の中ではじけた琥珀を感じていたが、その一方でまるでそれが夢のような、自分がもうひとつの世界からそんな自分を俯瞰して見ているような、不思議な感覚に陥っていた。
夢。幻覚、白昼夢。なにか、そんなもの。
──夢だ。
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