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第7話

「ねえ、琥珀。俺も、すべてを捨ててもいいですか?」 「……何を?」  尋ねられて俺は、琥珀が起きていたことに気づく。独白のつもりだった。 「今起きた」  少しかすれた、起きたばかりの声だった。俺が触ったからか。そっと、彼の頭を撫でながら俺は続ける。 「俺はあなたと一緒にここで暮らします。あなたが生きている間は。だけど、その後はもう誰の夢も見ない。誰の血も、精もいらない」 「どういうことだ?」 「俺はもうあなた以外の誰からも<火焔>をもらいません。ここにいる<火の一族>を、全員故郷に帰したいし、もう誰も連れてこさせたくない」  琥珀はいぶかしげな顔をしている。もちろんそれは、彼の一番の望みでもあるはずだ。ただ、この場所にいる<火の一族>以外のひとが、それに納得することはないだろう。 「すぐは、無理かもしれないけど。あなたが死んだら、俺はもう誰からも<火焔>をもらわない」  はやせは、俺が義務を果たさないことについて怒りを示すだろう。それまで彼女が生きているかわからないけど、はやせだけじゃない。<城>の<火の一族>以外のすべてのひとが反対するだろう。  みんなを、元いたところに帰せるだろうか。俺は、自分の意思をひとりで貫けるだろうか。  わからない。はやせだって、それ以外のひとだって、別に殺したいわけではない。みんなしかたなく、やるべきだと思うことをやっているだけなんだ。そういうひとたちと、どうやって戦えばいいのか。 「だが灰簾、そうしたら人々は消えて、それにおまえの体調だって悪く──」  琥珀が呟く。  そうだ。俺が何も生み出さなくなったら、いずれ世界は俺に怒り、人々は消される。そうして世界には、体調不良を抱えた俺だけになるだろう。  そうして俺はひとりで、世界の終焉を待つのだ。  俺はさっきまで見ていた夢を思い出す。<試練の島>で出会った自分。あれは、ずっと未来の俺なのだ。人々が消えた世界で、ひとりで世界の終焉を待っていた俺。  誰かと話すのは久しぶりだと、彼は言っていた。  どれくらい、俺はひとりで待つのだろう。世界の終わりを。自分の終わりを。 「そう。全員見捨てます。世界が滅びればいい。ひどいですよね」  俺は微笑んだ。誰かを見捨てるなんて、ひどいことだと思う。なんでこんなことを、俺が選ばなくてはいけないのだろう。 『俺は、痛いものは痛いと思う方がいいんです』  俺はずっと昔、出会ったばかりの琥珀に、そんなことを言っていた自分を思い出した。 『そうだな。本当に苦しんでいる人間が言うなら、立派な考えだ』  琥珀は俺にそう言った。本当に、そうだっただろうか。何も考えたくない。本当は、何も考えない、何も判断しない立場にいたかった。  だけど、俺はそうじゃない。幻想は、幻想だ。 「俺はもう、<火の一族>を誰ひとり、犠牲にしたくはないんです。だって、俺は<火の一族>だから」  俺は決めたんだ。もう誰ひとりとして、琥珀以外の<火の一族>を犠牲にしないと。  だって、俺は<火の一族>だから。  その言葉を口にすると凍りついた胸がやわらぐような気がして、自分で言った言葉に少しだけ、慰められる。それが唯一、俺と彼をつなぐもので、俺が自分の意思で選んだものだから。  けれど琥珀はつらそうな顔をする。俺を火の一族にした責任を感じているからだろう。  その事実に、俺がどれだけ救われているか知らないで。 「灰簾……」  琥珀が手を伸ばして、ぎこちなく俺を抱きしめた。何度も繰り返された抱擁なのに、ひどく不安げな手つきだった。  それでもその温かさが、何よりもいとおしかった。俺も手を伸ばして、彼を抱き返す。そうしていると、まるで少年のころのようなのに、自分の方が身長が余るのが、いつまでも不思議な気分だ。彼の肩に、自分の顎を押しつける。  俺は、この世界の全員を幸福にはできない。何をとっても、誰かを見捨てて誰かを選ぶことになる。そうでない未来がないのか、俺はずっと考えていた。誰かを見捨てたいわけではなかった。でもどうしても成り立たない。  結局、全員を救えず、自分が救いたいひとを決めて、救うことしかできない。  そうだとしたら、俺は、琥珀を、そして彼の大切な人々を、一番に優先する。その責任をとって最後のひとりになったとしても、俺はそれを受け入れて生きていく。 「琥珀」  俺の髪に、琥珀の指が触れる感触。 「なあ、灰簾。俺はおまえを、あそこにおいていくべきだったな」  彼はぽつりと言った。

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