7 / 226

編入初日6

でも大丈夫。…たぶん、黒崎となら上手くやっていける。 そんな風に、背後に立つ相手への安心感に顔を緩ませていると、やっと笑いをおさめたらしい黒崎がようやくさっきの発言に対する説明をしてくれた。 「顔立ちが変って言ったわけじゃないよ。それだけを言うなら天原は確実に美人の部類に入る。俺が言いたかったのは、なんでそんな戸惑ったような困ったような顔してるんだ?って事」 「あ…あぁ…、そう…」 戸惑いながら返すのが精一杯の俺。 いつもだったら「美人」だなんて言われようものなら、「男相手に気持ち悪い事を言うな」って文句の1つも言い返しているのに、何故か黒崎相手だと腹が立たない。 もう1つ言えば、これが咲哉だったら怪しい下心がありそうで確実に逃げている。 それなのに、黒崎に限り好意的に受け取れるのって…なんで…? 他意が感じられないから? 内心で首を捻りながら、俺も1つだけ思ったことがある。 それは、 「ひとの事言う前に、お前も綺麗で格好良い系だよな」 って事。 黒崎は誰から見ても、知的で凛として尚且つ格好良いと思う。これは絶対にモテる。 それなのに、驚くべきことに本人の自覚は全くと言っていいほどなかったらしい。俺を見て目を瞬かせている。 「…俺のこと?」 「お前以外に誰がいるんだよ」 「…へぇ…、そんな事初めて言われたな」 「え?嘘だろ?」 「いや、本当に」 今度は俺の方が驚いて相手をまじまじと見つめてしまった。 この容姿で今まで格好良いって言われた事がないなんて、ありえない。 けれど、この一ヵ月後くらいにその意味がわかる事になる。 黒崎は一種のカリスマ的存在で、その容姿が良いなんて事はみんな百も承知だから、今更誰も口にしないらしい。 おまけに、黒崎を目の前にして面と向かって容姿を褒めるような事は、とても恐れ多くてできないみたいだ。 でも、今日来たばかりの俺にはまだそんな事がわかるはずもなく…、普通に驚いてしまった。 「………」 「………」 そしてお互いに眼を瞬かせて見つめ合う。 はたから見たら明らかに間抜けなこの光景。 そう思ったのは俺だけじゃないようで、突然黒崎が吹き出した。 「…ック…、アハハハハっ!」 「フッ、アハハっ!なんでそんな顔してるんだよ!」 「それは天原も同じだよ!」 そのまま床に転がって暫くの間笑いの余韻に浸っていると、笑い疲れた様子の黒崎が俺の頭上でドサっと音を立てて床に座り込んだのが視界に入った。 仰向けの状態で顔だけを黒崎に向けてその姿を眺める。 そのうちに、いまだ笑いを滲ませている瞳と視線が合った。 そこで突如として湧きあがった疑問。 「ちょっと待って。そういえば、なんで黒崎ここにいるの?」 「なんで…って…、何をいまさら…。ここは俺の部屋でもあるって最初に言ったよね?」 「いや、そうじゃなくて…」 本当に今更何を言ってるんだ…という表情を浮べる相手を見て、自分の言葉が足りなかった事に気がつく。 改めて気を取り直し、上半身を起こして黒崎に向き直った。 「今の時間ってまだ授業中だろ?こんな所に来てていいのかよ」 そう言うと、「あ~、それか…」と呟いた黒崎は、次の瞬間なんでもないような口調でとんでもない事をさらりと言い放った。 「授業よりも同室者の方が大切だからね。初めて来た場所で1人は何かと大変だろうから手伝おうと思って、天原が来るのを待ってた」 「え!?…って、それ…、俺の為に授業をサボったって事だよな?」 「まぁ、言い換えるとそうだね」 「………」 驚いて言葉が出ない。 確かに俺は黒崎がいてくれて助かってる。でも逆に言えば、俺なんかの為に授業をサボってる黒崎には物凄く迷惑がかかってるって事で…。 それなのに、本当になんでもないように言ってくれる。 心の底からぶわっと感謝の気持が湧きおこってきた。 「そんなに見つめられると困る。たいした事じゃないから気にしなくていいよ。俺が手伝いたくて勝手に待ってただけだから」 驚いたまま固まっている俺を見た黒崎は、肩を竦めてそんな事を言ってくれた。 優しすぎるだろ。いくら同室者が来るからって、普通の奴はここまでしないと思う。 たぶん黒崎は本当に面倒見のいい人物なんだろう。 これから長い時間を一緒に生活する相手が黒崎で、心から良かったと思う。 …って俺も思われるようにしないとな。迷惑ばかりかけるんじゃなくて、俺もこいつが困ってたら絶対に助けたい。 そんな暖かな気持ちに、自然と顔をほころんできた。 「…さて…、それじゃあ早く片付けないとな」 「俺が触っても大丈夫そうな物は手伝うよ」 「ありがとう、黒崎」 「どういたしまして」 顔を見合わせてニッコリ笑いあった俺達は、そこから手早く荷物を解き始めた。 途中で他愛もない話をしながらも、一時間ほどかけてようやく生活できる状態まで荷物を片付け終える。 空っぽになったダンボール箱は後で管理人さんに渡せばいいという事で、軽く畳んでおいた。これでリビングも元通りにすっきり。 机周りの細々したものを引き出しに入れて、…よし、これで完了! ここまでやってしまえば、後はもう何もする事はない。 「終わった~…」 組んだ両手を上に伸ばして疲れた体をほぐす。 そこで、あれ?と気が付いた。 そういえば、机周りの小物を片付けている間は、集中しすぎてて黒崎とまったく会話をしなかった。 本人も特に話しかけてくる事もなかったせいで全く気にしてなかったけど…。 どうしてるんだろう…と思いながら、伸びをしていた両手を下ろして背後を振り向いた、瞬間。 鼓動が大きく跳ね上がった。 ソファの背もたれに軽く腰を預けて立っていた黒崎が、これまでとは違う無表情と、そして何かを考えるような真剣な眼差しで俺を見ていたんだ。 穏やかな様子の黒崎がこんな雰囲気を醸し出す事にも驚いたし、何よりも、その鋭い眼差しに息をのんだ。 まるでピンで留められた標本の昆虫のように、身動きすることができない。 …な…に…? 緊張で呼吸が上手くできずにクッと喉を鳴らし、何秒、…もしくは何十秒か何分か…、長いような短いような、とにかく時間の感覚がわからないままひたすら黒崎の視線に圧倒されていると、そんな俺に気付いたのか不意に視線が和らぐ。 …な…んだよ…。 詰めていた息が、ホゥ…と口から自然に零れおちる。 そこで、自分がどれだけ緊張していたのかがわかった。 そんな俺の動揺とは裏腹に、黒崎はまたさっきまでの穏やかな雰囲気に戻り、背もたれから離れて近寄ってきた。 「片付けが終わったみたいだね?じゃあそろそろ校内を回ろうか」 「…あ…ぁ…。うん、頼む」 まるで何事もなかったかのように微笑む黒崎に、多少のつっかかりを感じながらも頷く。 なんであんな目で俺の事を見てたんだよ…。 そう問いたいのに、何故か聞いてはいけないような気がして何も言わずに口を閉ざしていると、目の前まで来た黒崎に軽く手首を掴まれる。 「ボーっとしてないで行くよ」 「…う…ん…」 モヤモヤする物を感じて首を傾げながらも、腕を引っ張られるままに部屋を後にした。

ともだちにシェアしよう!