「…ここ…何？庭園？」 目の前に現れた華やかな景色に唖然と呟く。 寮を出てから、授業中の他の生徒達に気づかれないようにこっそりと校舎内を案内してもらい、校庭へ出て更に奥へ進み案内されたのが、いま立っているここ。 まるで、フランスにあるバ○テル公園のローズガーデンみたいだ。 石畳の小道の両脇には何かの花が植えられ、その途中途中には薔薇のアーチもある。 森と呼べるような多数の木々に囲まれたこの庭園、 …男子校に必要ないだろ…。誰が喜ぶんだよこれ。 と思ってしまうような代物。 まだ花を咲かせていない緑の垣根は、恐らく今の時期以外に咲く四季の花なのだろう。 一年中何かしらの花が咲くようになってるって事だな。 ある意味、この徹底ぶりに感心するけれど、それよりもどちらかというと驚きと呆れの方が強い。 一瞥しただけでは見渡す事ができないほど広い庭の中には、所々に東屋らしき三角屋根が見え隠れしている。 「…黒崎…」 「ん？」 「…ここの用途は何？」 隣に立つ相手を見ることもせず、視線は目の前の庭園に釘づけになったまま問いかけると、少しだけ考え込むような気配がした後、 「場所の名前としては中庭って事になってるけど、…実際の用途としては、デート場所…かな？」 恐ろしい答えが返ってきた。 「…は…？」 デート場所って…なに？ 一瞬クラリと眩暈がしたのは、天気が良くて暖かい為に地面から土と草の匂いがゆらりと立ち昇ってくる状況のせいだろう…、と思いたい。 あまり深く考えてはいけない…。脳内で何かが警鐘を鳴らす。 とりあえず落ち着きたくて、気持ちを紛らわせるべく手近に植えてあったツツジの花弁を指で摘んで引っ張る俺に、更に追い討ちをかけるかの如く黒崎が言葉を放った。 「特に放課後になるとそういう人口が多くなるから、近づかない方が無難かもしれない」 「…そういう人口…」 どんな人口だよ…おい。 そんな言葉が喉元まで込み上げる。 ツツジの花弁から指を離し、ギシギシと音が鳴りそうな鈍い動きで横に顔を向けると、さっきからおかしな反応ばかりしている俺が面白いのか、笑いを堪えるような表情をしている黒崎と目が合った。 その笑いには少なからず苦笑が混ざっている気がする。 「俺にも理解はできないけれど、恋愛は人それぞれだからね。本人たちが幸せならそれでいいと思うよ」 「恋愛って…、その、恋人は外部にいるんだよな？…別の高校の…生徒…とか…」 お願いだから、外部の恋人がこっそり忍び込んでくるんだと言ってくれ！ …という俺の心の叫びも空しく、黒崎は軽く首を横に振ってハッキリと言いきってくれた。 「学校案内読んだらわかると思うけど、ここに外部の人間は入れない」 「……」 外部の人間は入れないのにも関わらず、恋人同士のデート場所。 そしてここは全寮制男子校。 …これの意味するところは？ 「…た…かはら？……睨まれるような事をした覚えは今のところないんだけどな…」 「いや…、原因は黒崎じゃないけど…、とりあえず睨ませて？」 「何それ」 『何それ』って笑ってる場合じゃないだろ黒崎、おかしい事に気づけよ！ そういえばさっき話をしている中で、幼稚舎からここにいるって言ってたけど…、感覚がマヒしてるとか…？ どうやらここでは、今までの自分の生活とは全く違うところに常識があるらしい…と気づいた途端、一気に疲れが押し寄せてきた。 やっぱりどうしても恨みがましい視線を送らずにはいられない。 深い溜息を吐いたあと、懲りもせずにまた黒崎を横目で見据えた。 すると、突如としてその顔に人の悪い…とでも言おうか…、とにかくあまり良い感じのしない笑みを浮かべた黒崎に、嫌な予感しかしない。 「…なんだよ、その顔…」 「天原は気をつけた方がいい…、と俺は思うよ」 「気をつけるって、何を？」 そう問いかけたのに、答える前に黒崎が庭園の中に向かって歩き出してしまったせいで、後を追いかける事になった。 いったいどこまで行く気なんだ。 躊躇いのない足取りで進む相手の後を着いていくと、少しだけ広くなった場所に設置されている木のベンチに着いたところでその足が止まった。 先にベンチに座った黒崎が、自分の横を目で示してくる。どうやら俺にも座れという事らしい。 よくわからないままとりあえず座ってみたけれど、座ったことにより位置が低くなったせいか、さっきよりも更に強く花々の香りがする。 ついつい深呼吸をしてしまうくらい良い匂いだ。 このまま癒しの時を過ごしたいのは山々だけど、そういう訳にもいかない。 隣にいる相手をしっかりと見据えて、『早く答えろ』という無言の圧力を送ってみる。 それはどうやら通じたらしく、楽しげにこっちを向いた黒崎があっさりと先程の答えを言い放ってくれた。 …物凄い問題発言を…。 「へたに人影の少ないところに行って襲われないように、って事だよ。…まぁさすがに本当に危険な事にはならないと思うけど、100％の保障ができないから先に忠告しておく」 「お…まえ…、なんて不吉な事言うんだよ。襲われるって…、何を根拠にそんな、」 「根拠はその顔」 信じたくなくて食い下がったはいいものの、さらりと言葉を返され、あまつさえ間違いのないように…という事なのか、俺の鼻先ギリギリまで持ってきた人差し指で顔を指し示すご丁寧さ。 咲哉といい黒崎といい、整形でもしてやろうか本当に…。 溜息と文句を心の中に溜め込み、面白くない気分で顔を横に背けると、ちょうどいい位置にまたしてもツツジの花があった。 何気なく手を伸ばして花弁を一枚一枚摘まみとる。 ハッキリ言って、傍から見たらイジけているようにしか見えないだろう。でも本当にイジけそうだから仕方がない。 それなのに、突然腕を掴まれてしまった。 俺の腕を掴んだのは、隣から伸ばされた黒崎の手。凛とした顔に似合った、指の長いキレイな手。 放っておいてくれ…と思いながら顔を向けると、まるで小さい子にするように「めっ」という顔をされてしまった。 そして、腕を掴んでいた手を離して土の上に散らばるツツジの花弁を指差す。 そこでやっと気がついた。無心でプチプチと摘み取っていた花弁が、足元に何枚も散らばっている事に。 これにはさすがに慌てる。 「これ以上はここの庭師が泣くだろうね」 「ごめんっ。つい…」 ツツジから指を離して謝る俺を見た黒崎は、笑いながら肩を竦める。 まるで自分が幼稚園児になった気分だ。情けない…。