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編入初日8
深く溜息を吐いてベンチの背もたれに思いっきり寄りかかり、改めてこの中庭の景色を眺める。
目の前に広がる優雅な光景が、妙に現実から離れているようで、和むような和まないような…変な感じ。
その時、不意に黒崎がおかしな事を言い出した。
「そういえば…、なんで俺は黒崎のままなの?」
「…はい?」
隣を見ると、極々真面目な顔をしている黒崎と目が合った。
…なんで黒崎のままなの…って、…えっ?
本当は黒崎じゃないのか?…え?何どういうこと?
まじまじと相手を凝視し、何度か瞬きをして繰り返し見つめなおしても、俺には黒崎が黒崎にしか見えない。
「黒崎のままなの?って…、なにお前、俺の合図とかで黒崎以外のモノに変身したりすんの?変身したいの?…いや…、でも俺そんなやり方知らないし…」
おかしな発言をしている自覚は十分にある。
けれど、さっきから驚きの連続で、ここでは何があっても不思議じゃないような気がして…ありえない事を真面目に聞いてしまった。
そんな俺の言葉を聞いた黒崎は、盛大に吹き出したあげくに体を前倒しにして爆笑し始める。
……またかよ…。笑い起爆装置の数が多すぎ。あながち『笑い死に』も間違いじゃないかもしれない。
胡乱な眼差しで眺めていると、少したってからようやく笑いが治まったらしい黒崎は、体を起こして気を取り直すように一度大きく息を吐いた。
「あ~、苦しかった。いくらなんでも俺は普通の人間だからね、変身はしないよ。そうじゃなくて、最初にシュウでもアキでも好きに呼べって言ったのに、なんで未だに黒崎って呼んでるの?って事」
「あ…ぁ、そういうことか…。って…言葉足りなさ過ぎ」
やっと意味がわかって納得するも、思いっきり笑われてしまった立場としては微妙な気分になる。
まぁ俺の勘違いの仕方もどうかと思うけど。
黒崎は笑い過ぎて疲れたのか、俺と同じようにベンチの背もたれに深く寄りかかって溜息を吐いている。
「もうすでに黒崎で定着した感じだし。今さら変えるのも…、ちょっと…な…」
改めて名前呼びに変えるのは気恥しい。
目を逸らして言い訳がましく呟くと、
「まだ全然修正は可能な範囲だと思うけど?それに、同室者にあまり気を使ってほしくない。それとも天原は、俺の名前を呼ぶのはイヤ?」
そう言って顔を覗きこまれてしまった。
なんだろうこの天然タラシっぷりは。
アップで見ても全く問題ないどころか、見惚れてしまうくらいに整った顔で優しく覗きこまれて、それでもイヤだと言える奴がいたら見てみたい。俺には無理。
罠にハマってしまった気がしないでもないけれど、「わ、わかった」とぎこちなく頷いた。
そうとなれば、俺の事も名前で呼んでもらわなければ意味がない。
「俺が秋 って呼ぶなら、そっちも俺の事名前で呼べよ」
「わかってる。それじゃ改めて。これから宜しく、深」
「宜しく、秋」
穏やかに笑う秋に片手を差し出され、それをしっかりと握り返す。
まさにこれから俺達の関係が始まるといった感じに、ようやく月城に来た事を実感した。
そうすると不思議なもので、この中庭も居心地の良い空間に思えてくる。
目の前の景色を眺め、ここで昼寝するのも気持ちよさそうだなーなんて思っていると、横にいた秋が不意にベンチから立ち上がった。
つられて顔を上げた俺の目の前に、右手が差し出される。
何なのかわからずにその手の平をジーっと見つめていたら、掴まれとばかりにチョイチョイと指を動かされた。
その動きにつられて何気なく目の前の手を握った瞬間、
「…ぅわ…っ」
思いっきり上に引き上げられてしまった。
その勢いにベンチから立ち上がってしまったまではいい。問題は次。あまりに突然の事に、体勢を崩して秋に向かって倒れこんでしまったんだ。
これは恥ずかしい。
「ゴメ…、って、え?…ちょっと…秋!」
自分の足腰の弱さにちょっと凹みそうになったけど、それより何より、謝りながら慌てて秋から離れようとしたのに、何故か逆に引き寄せられているこの状況に頭が真っ白になった。
何が何やらわからないうちに、背中と首筋に回された腕に強い力で抱きしめられている。
咄嗟に秋の顔を見上げると、そこにあったのはさっきまでの優しい顔じゃなくて。真剣な…、そう、寮で見たあの鋭い眼差しで…。
直感的に離れたほうがいいと思っても、射止められた獲物のように身体が動かない。
それでもなんとか両腕を伸ばして相手の胸元に置き、距離をとるように押してみた。
「そんな力で俺を引き離せると思う?」
こっちが必死なのに、余裕綽々の秋。
強い力で抱きしめられている息苦しさと、秋の制服の襟元が頬に当たって擦れる小さな不快感に、だんだん苛立ちが込み上げてくる。
「うるさいよ!っていうか、なんだよこの状態は!どうでもいいから離せバカ!」
「いくらなんでもバカは酷いと思う」
「バカだからバカだって言ってんだよ!バカがイヤなら変態って呼ぶぞっ」
「…いや…、変態はもっと酷いんじゃ…」
「じゃあ、は・な・せ」
アクセントをつけて強調し、腕の中で身をよじる。それでも解けない拘束に、苛立ちを含めてじろりと睨み上げた。
が、
いつの間にか秋の表情は元に戻っていて、穏やかな笑みを浮かべて俺を見下ろしている。
「…秋…?」
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