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編入初日9

なんか秋って、何を考えているのかよくわからない…な。 優しいのか、面倒見が良いのか、意地悪なのか。 気配り屋なのか、強引なのか…。 まったく読めない。 視線をおとして首を緩く横に振り、盛大に溜息を吐く。 その時、秋の腕が動いたかと思えば優しく顎先を掴まれ、クイッと上に引き上げられた。 ……今度はなに? 俺の顔を見つめてくる秋に、訝し気な視線を送る。 どういうつもりか…と口を開きかけた瞬間、秋が僅かに身を屈めて顔を近づけてきて…、暖かな何かが唇に柔らかく押し当てられた。 「…!?」 衝撃に目を見開いた。 え?なにこれ。…え? 呆然としたままの俺に何度も啄ばむように唇を押し当ててくる。やっとそれが何なのか気がついた時には、顎先にあった手が後頭部にまわされて本格的なキスに変わった。 「…待っ…、ン…っ…」 途中で僅かに唇が離れたすきに放つ抗議の言葉も、すぐにまた塞がれて呼吸と共に奪われる。 どうしていいのかわからなくて、ひたすらパニックに襲われていたけど、唇を押し開いて秋の熱い舌が口腔内に入ってきた瞬間、さすがに我に返って思いっきり両手で胸元を押し離した。 「…や…めろ…って…!」 火事場の馬鹿力が発揮できたのか、そこでようやく自分と秋との間に空間ができた。 腰に回された腕も、後頭部に回された手も、そしてもちろん唇も離れて熱から開放される。 いったい何が起きたのか。何を考えているのか。どうしてこんな事…。 茫然として秋の顔を見上げる。 視界に映った唇がほんのり赤くなっているのが目に入った瞬間、今まで自分たちがしていた事が脳裏に甦って頬が燃えるように熱くなった。 …なっ…!…何だったんだよ今のは―――っ!! 片手で口元を押さえながら一歩後退ると、 「顔、赤くなってるよ」 そう、のん気に言われてしまった。 「だ…れのせいだよっ!!」 と、思わず喚いた俺を誰が責めよう…。いや…、誰にも責めさせない、責められてたまるか!喚くどころか殴りたい! でも実際は、手の甲で自分の口元を押さえながら秋を睨むことしか出来ない。 そんなうろたえまくっている俺とは正反対に、秋は涼しい顔で飄々としている。 「さっきの話、これで実感できた?」 「…さっきの話…ってなんだよ」 一瞬、キョトンとしてしまった。 さっきの話?…実感?…何が? 口元から手を離して「え?」と首を傾げると、小さく笑った秋がチラリと中庭に視線を向け、 「気をつけなければ襲われるって話。身をもって実感できただろ?って事」 なんて言ったせいで、今度は開いた口が塞がらなくなってしまった。 「どうやら危機感が無いみたいだったから、試しに実践してみた。ボーっとしてたら危ないって理解できた?」 唖然とする俺に言えたのは、 「…一番危ないのは、秋…お前だ」 それだけだった。 もちろん溜息もプラスされている。 今さらキス一つで傷つくような純真な気持ちは持ち合わせていないけど、さすがに今日会ったばかりの同性相手っていうのは、いくらなんでもハードルが高すぎる。 少しばかり恨みがましい眼差しを秋に向けても、俺の事をどう思っているのか…小さな子供にするように頭をポンポンっと優しく叩かれるだけ。 これはいったいどういう扱いだと更にムスッとした時、 リリン、リリン どこからともなく綺麗な鈴の音が鳴り響いた。 「あ、ゴメン。俺の携帯」 すぐに反応を示した秋が制服のポケットから取り出した携帯は、ディスプレイが起動して着信を告げている。 てっきり普通に応答するのだろうと思ったのに、画面に表示されている相手先を見た瞬間、秋の顔色が僅かに変わった。 真剣というか硬化したというか…。もしくは、顔から一切の表情が消えたとでもいおうか。 何か良くない相手からなのか?とも思える反応に、さすがに俺も首を傾げてしまった。 それでも携帯に出るだろうと見ていたら、なんとそのまま着信を切ってしまったではないか。 出なくてもいいのか? よくわからないその行動を目で追っていると、携帯を片手にこっちを向いた秋が申し訳なさそうに謝ってきた。 「ゴメン。緊急の用事ができたから行かなきゃならないんだけど、ここから寮まで1人で帰れる?」 やっぱり子供扱いとしか思えない言葉に複雑な心境に陥るも、ここまで案内をしてくれた秋が本当に心配して言ってくれている事がわかるだけに大人しく頷く。 「…大丈夫。俺もそこまで方向音痴じゃないし」 「それじゃあもし何かあったらすぐ連絡して」 やはりまだ心配らしい秋が携帯をユラリと揺らしてみせ、メールアドレスを交換する事にした。 お互いのアドレス帳に情報が登録されたのを確認して携帯をしまうと、まだ俺の事を気にかけてくれているらしい秋の腕を笑いながら軽く叩く。 「本当に大丈夫だから、早く行けば?ここまで案内してもらえると思ってなかったから助かったし。さっきも言ったけど、俺は方向音痴じゃないから平気」 早く行けとばかりに腕をグイグイ押しやる俺にやっと思い切ったのか、もう一度「ゴメン」と謝った秋はようやくその足を校舎の方へ向けて歩き去っていった。 後ろ姿を見送りながら、会ったばかりの俺に対してここまで心配してくれる秋の優しさに自然と笑みが零れる。 あんな事さえしなければ完璧に良い奴なんだけどな…。 ……そう…、あんな事さえしてこなければ…。 って、思い出すな! さっきの事を思い出してしまったせいで、また顔が熱くなってきた。 ダメだ、ここにいたら絶対にまた思い出す。移動しよう。 どっちの方向へ行こうか視線を巡らせた先、中庭の更に奥にある森に目が引き寄せられた。 敷地内に森がある事自体おかしいけれど、あれは間違いなく林ではない、森だ。 なんとなく好奇心がそそられる。 「…決めた。せっかくだし探索だ」 知らない場所へ足を踏み入れる時のワクワクする高揚感。 さっそく石畳の小道や薔薇のアーチを通り抜けて、中庭の脇から続く薄暗そうな森へ向かった。

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