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編入初日10

「…森っていうより、密林?」 中庭を出て森に入り、木々の間からチラリチラリと零れ落ちる陽の光と久しぶりの緑の薫りに気分よく歩いている途中で思った感想。 いったいここはどこのジャングルの奥地なんだ、と言いたくなるほど密集した立派な木々。そして緑。 中庭のように石畳で舗装はされていないものの、とりあえず小道があるから迷子になる事はない。 それでも、野生の何かが出てきそうな雰囲気には少しばかり気後れしてしまう。 そもそも、この広大な敷地は何。学校にいらないだろ、こんな森は。 さっきの庭園のような中庭といいこの森といい、普通とは規模が違い過ぎる。 立ち止まっていても仕方がないから先へ進むけど、心細さから足取りは重い。 そして数分後。 目の前に広がったのは、それまでとはまた少し違った景色だった。 新緑が生い茂るマイナスイオン垂れ流し状態の森林は変わらず。 ただもうひとつ、景色にとある物が付けたされた。 大きな池だ。 木々が途切れた開けた場所。そこに大きな池があった。 水際に立って覗き込むように底を見ると、湧き水が出ているのだろう…、透明度の高い水の下の方からポコポコと何かが湧いてきているのが見える。 湧水が出てくる様などあまり見たことがなかったせいで、思わず見入ってしまう。 そして頬を撫でる気持ちの良い微風。 これは癒される。ハンモックを木から吊るして昼寝でもしたら最高に幸せだろう。 ここにいれば、さっきの出来事も忘れられる。 …そう、秋のあの恐ろしい行動もすぐに忘れられ……、てないだろ全っ然! どうしても思考回路の行きつく先があの出来事に戻ってしまう。 自覚はないけれど、どうやら想像以上に衝撃を受けていたらしい。 俺にわからせるにしたって、あそこまでする必要はないだろ。 っていうか、男同士でキスとか秋は気持ち悪くなかったのだろうか。 ……よく考えたら、驚きはしたけど俺もべつに気持ち悪くはなかったな…。 ………いや、ちょっと待て。なんかおかしくなってきた。 考えすぎて頭が痛い。 「あーっ、もういい加減に思い出すのやめろよ俺!」 片手で目元を覆い、静かな空気を震わすように叫ぶ。 黙っているより口にしてしまった方がスッキリすると思っての行動だったのに…。 「うるせぇ」 突然背後から声が聞こえた。それもかなり不機嫌そうな、掠れた低い声。 まさか自分以外の誰かがいるとは思わなくて、本気で驚いた。 咄嗟に背後を振り向いた際に、足もとが滑って危うく池に落ちそうになった事は意識の隅に追いやり、とりあえず声の主を探す。 「バーカ。どこ見てんだよ」 続いて聞こえた声は、思ったよりももう少し斜め後ろ側からで…。 恐る恐る視線を横にずらし、更に目線を下げて背後の木を見ると、地面に座り込んで木の根元に背を預け、眇めた眼差しでこっちを見ている人物の姿がようやく視界に入った。 なんとなく眠たげな表情は、もしかしたら俺が来るまでここで昼寝をしていたのかもしれない…と思える様子。 だいぶ着崩しているとはいえ、ここの制服を着ているところを見ると不審者ではなく生徒らしい。 でも、 「人の睡眠を邪魔しやがって」 …この口の悪さはいったい何事…。 不機嫌そうにこっちを見ているその人物は、よく見ると綺麗な顔立ちをしているのに、口の悪さと目付きの悪さがそれを打ち消してしまっている。 鋭い眼差しで不機嫌そうっていうだけでもじゅうぶん迫力があるのに、金髪なのが更に拍車をかけている。 怒らせたら問答無用で池に沈められそうだ。 そんな想像を頭に描いて顔が引き攣りそうになったけれど、俺がこの人の眠りを邪魔したのは事実だ。そこはしっかり謝らないと。 「あの…、ゴメン。人がいるとは思わなくて。邪魔するつもりはなかったんだ」 こんな所に一人でいるくらいだから、煩いのが嫌いなんだろう。そこに突然現れた奴が大声で叫んだら、誰だって不機嫌にもなるよな。 叫びを聞かれた恥ずかしさはこの際横に置いておいて、ペコリと頭を下げた。 謝って済むなら警察はいらねぇとか言われるかもしれない…なんて後で思えば偏見まみれの考えは、次の瞬間覆されることに。 意外な事に目の前の人物は、それまでの不機嫌そうな表情を消し去り、今度は溜息混じりではあるけれど普通に言葉をかけてきた。 「あぁ…もういい…。で?なに叫んでたんだよこんな所で。怪しすぎるだろ」 「えっ!…いや、大した事じゃないから。…って、俺やっぱり怪しかった?」 『こんな所』で一人で昼寝してるアンタは怪しくないのか、というツッコミは胸の内に飲み込む。 そして、怪しい相手にこっちが怪しく思われていたかと思うと、…ちょっと複雑だ…。

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