12 / 226
編入初日11
そんな微妙な思いのまま相手を見据えた瞬間、思わず来た道を戻って逃げたくなってしまった。
なんでさっきよりも怒ってるんだよこの人っ。
あからさまに機嫌が悪くなっている。目つきの鋭さなんて倍増だ。
「な…んか怒ってる?…よな?」
「ぁあ?『なんか怒ってる?』だ? 『大した事ない』理由で起こされた俺が怒るのはそんなにおかしいか?」
そこか!その部分に反応したのか!
それなら『大した理由』だったら起こしても構わないのか?
なんて、くだらない事を一瞬でも考えている間に、相手の不機嫌さは更に増してしまった。
確かにどう考えても俺が悪いけど、でも普通に怖いだろその顔はっ!
「なんだよ」
「いや、なんでもない…です…」
心の叫びが思いっきり顔に出ていたのか、鋭い瞳にジロリと睨まれ、低い声で問いつめられてしまった。
さっきからずっと突き刺さっている視線が痛くてたまらない。
これ以上どうしたらいいんだ。
周囲を見渡しても、背後の池を見ても、頭上の空を見ても…、当たり前だけど解決策は見当たらない。
本気で困りはじめた、その時。突然目の前から「ククッ」という押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
さっきまで不機嫌最高潮だったはずの相手が、何故か肩を揺らして笑っている。
「な…、なに」
「別に、なんでもねぇよ。それよりお前ダレ?」
誰って…。それは俺も聞きたい。
ようやく怒りが治まったらしい様子にホッと肩の力を抜いたものの、名を名乗れとは穏やかじゃない気がする。
…いや、ちょっとニュアンスは違うかもしれないけど…。
少しだけ間を置いたあとに、一歩だけ相手に近づいて口を開いた。
「俺は、今日からここに編入してきた二年の天原深 。そっちは?」
「…………」
…あ…。この人いま、鼻で笑った?
俺の名前は聞いておきながら、自分は名乗らずに鼻で笑ったよな?それって人としてどう?!
言葉にはしない無言の叫び。さっきは察してほしくなかったけど、今度は察してほしい。
そんな事を思いながら相手をジーッと見つめていると、その顔がまた不機嫌なものに戻った。
もしかして…、俺の言いたいこと伝わった?
なんとなく楽しくなって口元が緩みそうになる。
けれど…。
さっきまで木の根元に座り込んでいたそいつが不意に立ち上がり、眠気を払うかのように軽く頭を振ってからダルそうに目の前まで歩み寄ってきた。
その迫力に、さっき近づいた一歩分をまた後退ってしまう。
背、高いなコイツ…。
ずっと座りこんでいたせいでわからなかったけど、秋と同じくらいありそうだ。
…迫力は断然こっちの方があるけど…。
気が付けば無意識のうちに、相手が近付くにつれて一歩と言わず二歩も三歩も後退っていた俺。
踵で蹴った小石がポチャンと音をたてた事により、すでに池の水際ギリギリまで来ていた事を知る。
あと一歩下がってしまえば確実に池の中。
その時、さっきの怖い想像が頭をよぎった。
「し、沈める気かよ」
「…は?沈める?…何を、どこに」
「…俺を、…池に…?」
「…………」
だーかーらー、鼻で笑うな。いくら俺でも本気でムカツクから。
確かにありえないよ、池に他人を沈めたら犯罪者だし。
でも!お前の顔つきだとそういう想像が浮かんでくるんだよ、しょうがないだろ!
…って言ってやりたい…。言えないけど…。
微妙にストレスが溜まり始めた俺とは対照的に、目の前に立つ相手は、さっきまでの不機嫌さはいったいどこへ行ってしまったのかと聞いてみたいくらいに、とても楽しげにしている。
おもちゃを与えられた猫みたいな表情。…とてつもなくイヤな感じだ…。
後ろには下がれない分、今度は横に移動してみようかと、チラリと左右に視線を向けた時、何を思ったのか相手が唐突に名乗りだした。
「俺は宮原櫂斗 、一年」
低めのハスキーな声で呟かれた名前に、横に移動するつもりだったのも忘れて動きを止め、へぇ~…と妙に納得してしまった。
外見と性格と名前が合ってる気がする。
いい感じにしっくりとくる名前に、思わずまじまじと目の前の顔を見つめてしまう。
……………って、…は!?
ちょっと待て。いまコイツ、一年って言った?
ともだちにシェアしよう!