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編入初日12
自分の耳を疑った。
ここまで態度でかくて、偉そうで、背も高くて、…それなのに俺より年下って…、嘘だろ?
さっきまでとは違う意味で、更にその顔を凝視する。
でも、何度見ても、どれほど見ても、……やっぱり年下には見えない。
なんとなく虚しくなって溜息を吐いた。
そんな俺とは裏腹に、当の本人は相変わらずのふてぶてしい態度でこっちを見下ろしている。
俺が年上だろうがなんだろうが全く気にもしない態度には、ある意味感心してしまう。
「なんだよ、そのアホ面は」
「ア…アホ面って…お前…」
ボーっと見ていた俺の顔は確かにアホ面だったのだろう。だけど、ここまでハッキリ言うか普通。
あまりといえばあまりの言葉に、開いた口が塞がらない。
「しょうがねぇだろ、アホ面はアホ面だ」
「うるさいっ。そう何度もアホ面って言うな!そもそも、お前が年下とかふざけた事言うからだろ」
「なに言ってんだ。アンタが二年で俺が一年で、それで俺の方が年上っていう方がおかしいだろ。年下で当たり前だ」
「…いや…、そうじゃなくて…」
ここまで偉そうに年下だと宣言する後輩も珍しいと思う。年下だと言うならもう少し謙虚になれないのだろうか…。
普通の性格で普通の話し方をしていればかなり好感度の高い容姿なのに、この性格のせいで全てが台無しになっている気がする。
すでに癖になっているのか、自然と溜息がこぼれおちた。
背後から聞こえる水のさざめき、頬を撫でるやさしい風、そして葉の揺れる木々から溢れるマイナスイオン。
どう考えても癒しの空間のはずなのに、癒されない。まったく癒されない。
何故こんな事になっているのか頭を悩ませていると、そんな俺の姿が面白かったのか、宮原がそれまでとは違う表情を浮かべた。
皮肉さとか生意気さとか、そういうものが一切感じられない、自然と綻んだ小さな微笑み。
見ているこっちまで優しくなってしまうようなその表情に、思わず、
「…可愛い」
と、指を差してしまった。
それが確実に自分の首を絞める行動だったと気づいたのは、宮原の顔に大きく“不機嫌”の文字が表れてからの事。そうだよ後の祭りだよ。
………やっぱり俺、池に沈められるかも…。
そうなる前に逃げよう、と焦ったのも束の間。不意に宮原の手が顔の横まで近づいてきたかと思ったら、避ける間もなく両頬がムニッと抓まれて横に引き伸ばされた。
「ヒタヒっ(痛いっ)!」
容赦ない攻撃に口元が思いっきり歪んでいるのを感じる。
地味な攻撃にも関わらずダメージは大きく、頬の痛みがジワジワと全体に広がる。
少しは加減しろよ!これ全力で抓んでるだろ!?
そう文句を言いたいのに、歪んだ口元からは言葉を発せず。
睨む事しか出来ないこの状況がひどく腹立たしい。
頬を抓んでいる宮原の両腕を掴んで、離せ!とばかりに睨みつけても、当の本人はこれ以上ないというくらいの悪人笑いを浮かべてとても楽しそうだ。
「ぁあ?ヒタヒって何語だよ。意味わかんねぇ」
「……」
…コノヤロウ…。
頬を引っ張られたままという情けない状態ではあるけれど、とりあえず睨む。怒っている事が伝わるように、ひたすら睨む。
「なんだよ、その目は。…あぁ…、もっと苛められてぇのか」
は!?……なんでそうなる!?
その解釈の仕方は絶対におかしい!俺がこんなに睨んでるのに、よりにもよってもっと苛めてほしいって!?そんなわけないだろ!
予想外の反応に、睨む事を忘れて唖然としてしまった。
なんかもう…、この学校の人全員変だ…。
咲哉が理事長だから生徒がこんなになってしまうのか、もしくは、今の世の中これが当たり前なのか…。
いやいや、俺がこの前までいた学校は普通の奴ばかりだったし。やっぱりこの学校が変なんだ。
深く溜め息を吐く代わりに、脱力したように両肩を落とす。
怒るのがバカらしくなってきた。
慣れることがあるんだろうか、この環境に。
…きっと当分は無理だな…。
「おい、人の存在無視してんじゃねぇよ。なんとか言え」
「………」
なんの反応もしなくなった俺がつまらなかったのか、宮原が思いっきり不服そうに眼を細めて言ってきた。
…けれど、
お前が指を離さない限りは言葉にならないんだよ!そこに気付けっ。
宮原の脇腹をバシッと叩き、次いで頬を抓んでいる指を差し示しながら「離せ!」と無言で睨みつけると、そこでようやく引っ張られていた頬が元に戻った。
もう解放されているはずなのに、あまりに長く抓まれていたせいか、いまだに引っ張られている感覚がある。
まさか本当に伸びたんじゃないだろうなこれ…。
心配になって、自分の両頬を手で押さえる。
その時、フと視線を感じて顔を上げると、まるで珍獣でも見るような目付きで俺を見下ろす宮原がいた。
「何見てるんだよ」
「…いや…、アンタ、なんか面白いな」
「……は?」
物凄い誤解だと思う。
宮原が変な事を言ったりしたりするから俺の行動がおかしくなるんであって、俺自体が面白い訳じゃないと思うんだけど…。
複雑な気分で眉を顰めて宮原を見る俺に、懲りもせずまた手が伸ばされてきた。
二度も同じ手をくらうものか。
背後の池を気にしながら横へ飛びのく。
もちろん宮原の手は届かず。
「お前に宣告しておく!これから先、学校内で会っても俺の半径2m以内には絶対に近づくなよ!わかったな?守れよ!」
二度目の手を阻止したところで気持ちに余裕が出てきた俺は、立てた人差し指をビシッと相手に向けてハッキリ言い放った。
もうこれ以上コイツに付き合ってはいられない。また何かを言われる前にサッサとこの場を去ってやる!
そう決意するとすぐさま踵をし、宮原の顔を見ることもせずに来た道を目指して全力疾走した。
“三十六計逃げるに如かず”とはよく言ったものだ。
そして、後に残された宮原。
深の走り去る後ろ姿を見送ると、その鋭い双眸を若干細めさせるようにして薄っすらとした笑みを浮かべ、
「面白ぇ」
楽しそうに、そう一言呟いた。
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