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編入初日13

side黒崎 深が森の中で宮原と戦っている頃、黒崎秋は学園来客用の駐車場にいた。 正確にいうと、来客用駐車場に停車されている車の後部座席に、ダークスーツを着た30代後半くらいの男と並んで座っていた。 「…で?今日はなんのようですか、政木(まさき)さん」 相手を見ることもせず、何の抑揚も無い…だからこそ冷たく聞こえる声で話を促す。 それに対して政木と呼ばれた人物は、柔らかな笑みを浮かべて手元の書類に目を通し、暫くたってから口を開いた。 「明日、取引先との懇親会が開かれますので、(しゅう)様も出席するように…との事です」 「そんな事、わざわざ直接言いに来るような事じゃないでしょう、携帯でじゅうぶんです。こうやって学校まで来られるのは迷惑だと、いつも言っているはずですよ」 自分よりも年下の相手に吐き捨てるように言われたのにも関わらず、政木の表情から笑みは消えない。 「わかっていますが、社長のご意向ですから仕方がありません。秋様にお変わりがないか確かめる為でもありますので」 その慇懃無礼な対応に、思わず舌打ちしそうになった自分をなんとか押しとどめる。 「…わかりました。明日は朝からそちらに向かいますと伝えておいて下さい」 その返答に何も言わず頷く政木。 秋は、舌打ちの代わりに短く息を吐き出し、同じ空気を吸っているのも嫌だという気配をまとって後部座席から降りた。 校舎へ向かって歩き出してから暫くたってもまだ走り出さない車を振り返る事もなく、先程まで一緒にいた天原深の姿を脳裏に思い浮かべる。 …まさか同室者が来るとは思わなかった。今までどんな事があっても一人だったのに…。 整った容姿と裏表がなさそうな性格。見ていて何故か手を差し伸べたくなるような人物。 面倒な事になるのが目に見えている為、極力他の生徒とは必要以上に親しくならないようにしていたのに、何故か深にだけは自分の行動が制御できない。 中庭の事もそう。 こんな閉鎖的環境の男子校では、その容姿の良さが危険に繋がると、ただ言葉で伝えただけで終わるはずだった。 それなのに、気付けばあんな事をしてしまった…。あの時に感じた高揚感は、いまだに胸に残っている。 「…天原深…か…」 どうしても脳裏から消えない姿を振り払うように、軽く頭を横に振る。 歩きながら空を見上げると、太陽は少しだけ斜めに逸れて、もうすぐ夕焼けに染まるだろう様相を見せはじめていた。 このまま寮に戻った方がいいな…。 寮棟へ足を向けながら、今後の事を考えて少しだけ眉間にシワを寄せる。 俺と同室になったと言う事は、少なからず深に嫌な思いをさせる事になるだろう。 それらを出来る限り軽減できるように、手を打たなければならない。 義務感からではない。深に嫌な思いをさせたくないという、二心の無い本心。 出会ったばかりの人間なのに、どうしてか心に引っかかる。 自分の感情がわからないなんて、こんな事は初めてかもしれない。 それでも、心の片隅にある暖かな気持ちが妙に心地よくて、自然と表情が緩んだ。 side黒崎end 「ただいま!…って、やっぱり秋はまだか…」 16時ジャスト。 迷いながらもどうにか寮まで戻ってくると、入寮時に寮管から受け取ったカードキーをドアのキーセンサーに差し込んで室内に入った。 オレンジ色の陽光が差し込むリビングに、人影は無い。 ここに来てからまだ数時間しか経っていないのに、なんだか色々な事があったせいか、人の気配の無い静かな空間に立ち尽くしているこの状態が妙に寂しいものに感じた。 …変な感じ…。 1人でいる事を寂しいと思った事はないのに、なぜ今こんな気持ちになるのか…。 よくわからないまま、L字型ソファの3人掛けの方へドサッと座り込んだ。 座り込んだ途端、気が緩んだのかグルグルとした疲れが押し寄せてくる。 空調の整えられた程良い室温に誘われて、だんだんと眠気が襲ってきた。 こみ上げてくる欠伸を何度か噛み殺して眠気と戦おうとするも、やはり今朝が早起きだったせいかどうにも勝てる気がない。 「…眠…い…」 もういいや…このまま寝てしまえ…。 睡魔に身を任せるまま、背もたれを辿るようにズリズリと体を横に倒して目を閉じた。 その数分後。 リンゴーン、リンゴーン 「…っ…な…、なに?」 突然部屋中に響いた鐘のような音色に、もう少しで完全に手放しそうだった意識を無理やり覚醒させられた。 驚きのままにガバッと勢いよく上半身を起こして周囲を見回す。 「………夢…?」 部屋の中は、さっきと変わらず静けさに包まれている。 夢にしては、やけにハッキリ聴こえた気がしたけど…。さっきのような音が鳴りそうな物は見当たらないし、もう何も聴こえない。 どうにもスッキリしないまま首を傾げた。 すると、 リンゴーン、リンゴーン またしても同じ音が鳴った。 「やっぱり夢じゃない…、って、これ何?」 気のせいじゃなかった事がわかったのはいいけれど、今度は音の根源がわからなくてモヤモヤする。

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