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編入初日14
横になっていたせいで少しだけ乱れてしまった髪を手櫛で整えながらソファから立ち上がり、もう一度辺りを見回した時、何気なく視界の端に引っかかったものがある。
部屋の扉。
もしかして、さっきの音は…。
フと思い当たった考えに確信を持ち、足早にそこへ向かった。そして何も考えず勢いよく扉を開け放つ。
…そうだよな…、音の根源を確信した時点で、こういう要因があるのは当たり前で…。
扉を開けた先。目の前に立つ制服を着た見知らぬ人物とご対面しながら、ピキっと固まってしまった。
「………」
「………」
誰かが呼び鈴を押したからあの音が鳴ったわけで…、普通に考えればそこに人がいるのは当たり前なのに…。
眠気で脳の働きが通常の30%くらいしかなかった俺は、ドアの外に人がいた事に素で驚いた。
勢い良く開いた扉に、相手は俺以上に驚いたらしい。僅かに目を見開いて固まっている。
非常に気まずい沈黙。
どうしたらいいんだ、こういう場合は…。
言葉が出てこない口元を引き結んだまま目の前に立つ相手を見つめていると、相手もこっちを凝視している事に気が付いた。
いつもだったらこんなに見つめられれば居心地が悪くなるはずなのに、今はそれどころじゃない。視線を気にするどころではないくらい華やかなオーラに、圧倒されてしまった。
お互いの目線の向きを見れば比べなくてもわかる背の高さ。
少しだけ癖のある漆黒の髪が、この人にはよく似合っている。
例えるならば、秋が若き有能執事で、宮原が不良お坊ちゃんだとすると、…さしずめこの人は王侯貴族?
当てはめる時代が中世欧州のようになっているけれど、実際にそんな感じなんだから仕方がない。
そして気づけば、数十秒もの間お互いに見つめ合っている事に…。
ハッと我に返って何か言おうと口を開いたけれど、それよりも相手が言葉を発する方が早かった。
「こんにちは。黒崎はいるかな?」
「こんにちは。…秋は、今はいないですけど」
優雅に微笑む相手につられるように表情を緩ませて答えると、やはりというか…、それを聞かれるのは当然だろう…という質問が放たれた。
「ところでキミは?」
そうだよな。秋を訪ねてきたのに、勢いよく扉が開いてみれば全然見知らぬ人間がいる。誰?と思うのは当たり前だ。
「俺はこの部屋の住人です」
ニッコリ笑って答えてみた。
けれど、
………ちょっと言葉の選択肢を間違えたかな…、と思わなくもない。
まぁ間違った事は言ってないから問題はないはずだけど…。
いや、やっぱり問題はあったらしい、何かを探るような視線を向けられてしまった。
それならどう言えば良かったのか…、適切な説明が思いつかない。
そこでフと変な映像が脳裏をよぎった。
有能執事の部屋を訪れた王侯貴族。ところが部屋には見知らぬ人物がいて、妙な事を言って居座っている。これはもしや空き巣に入った泥棒が、捕まらないように虚言を言っているのかもしれない。
そんな映像。…もとい、妄想…。
キャストは、有能執事が秋で、王侯貴族がこの目の前に立つ人。…って事は…。
「いや!俺泥棒じゃないしっ」
焦りのあまり、思わず言葉に出してしまった。
目の前の相手がキョトンと瞬きをした瞬間に、自分が口走った内容がおかしい事に気が付く。
…自分の妄想にツッコミを入れてしまった…。
「いえ、あの、そうじゃなくて。俺、今日からここに入る事になったんです。だから皆は知らないと思うけど、本当に秋の同室者で…」
焦れば焦るほど怪しさが増していく気がする。これ以上どう言えばわかってもらえるのか…。
けれど、そんな焦りもすぐに杞憂へと変わった。
目の前の人物が突然笑い出し、すぐに「大丈夫だよ、わかってるから」と頷いてくれたんだ。
その言葉に安心したのも束の間、今度は目の前にある華やかな笑顔に見惚れてしまう。
…なんだろう、この人…。微笑んだだけなのに、周囲の空気が一気に明るく変化したように感じる。
「別にキミの事を怪しんでるわけじゃないよ。今日から編入生が来るって事は聞いていたからね。…それよりも…」
「…な…んですか?」
怪しんでいるわけじゃないと言ってるわりには、また何かを探るような眼差しでジーっと凝視してくる。
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