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編入初日15

「…ではサヨウナラ」 だんだん居心地が悪くなり、扉を閉めようとノブに手をかけて相手を刺激しないようにゆっくりと手前に引いた。 それなのに。 「待ちなさいって」 閉まりかけた扉がまた開かれる。 まだノブを握っていたせいで、開く扉に引きずられて必然的に廊下に引っ張り出される形になってしまった。 この人、優雅に動くからわからなかったけど、かなり力が強くないか? 自分の意志とは裏腹に、足もとをよろめかせながら廊下へ出た状態で、呆然と相手の顔を見る。 「そんな化け物でも見るような顔されると、さすがに傷つくな」 そう言って苦笑いを浮かべる様子に、ハッと我に返った。 「す、すみません」 「いや、いいよ。大丈夫。それより…そんなに警戒しないでほしいんだけど…。もしかして僕の顔怖い?」 少しだけ身を屈めて心配そうに顔を覗きこんできた相手に、慌てて横に首を振る。 「それはないです!見惚れるくらいに格好良いですから!…、って……あ……」 「え?」 見知らぬ相手、それも同性に向かって『見惚れるくらい格好良い』って、何言ってるんだ俺は…。 焦って言葉にしたせいか、思っていた事がそのまま口から出てしまった。 …に…逃げたい…。 あまりの恥ずかしさに、今度こそ何がなんでも本気で扉を閉めてしまおうと力任せに手前に引く。 しかし。 「だから、待ちなさいって言ってるのに」 さっきよりも更に強い力で扉が開かれてしまった。 それもほぼ全開の状態までグイッと。 逃げも隠れもできない位置…――相手の目の前まで引きずり出されてしまった俺は、茫然と固まる。 「………」 「…クッ…、アハハハ!」 瞬きすらできない俺と、そんな俺を見て爆笑する人。 本当になんなんだいったい…。 もう扉を閉める気力もなくなり、疲労感たっぷりの溜息を吐いて目の前で笑う相手を眺めていると、不意にその笑いが止まった。 今まで笑っていた事が嘘のように真顔に戻り、また居心地の悪くなるような視線を向けてくる。 …なんか、怖…いんですけど…。今度はなに? 「あの…、俺に何か…?」 秋に用事があってここへ来たはずなのに、その本人がいないとわかっていながらも何故この人は帰らないんだろう。 よくわからない行動に恐る恐る問いかけるも、それに答えが返ってくるどころか逆に恐ろしい質問が返ってきた。 「キミは、黒崎の恋人?」 「…は…?…誰が…なんですって?」 「キミが黒崎の恋、」 「そ…んなわけあるかっ!」 丁寧語も何もかも全部吹き飛んだ。 この人はいったい何を言い出すんだ。 さっきから俺の事を何か考えるように見ていたけど、まさかずっとそんな事を考えていたんじゃないだろうな? この大人っぽさは明らかに上級生だけど、この際口調なんてそんな些末な事に構っていられない。このままでは俺の人間関係の危機だ。 …とは思うが、実際問題、やっぱり初対面の先輩らしき相手にさっきの言い方は良くないよな…。暴言とまではいかなくとも、乱暴な言い方だったのは確かだ。 覆水盆に返らず。言ってしまった言葉はなかった事には出来ず。 居たたまれない気持ちに、戸惑いながら相手の顔を見上げると、 「…なんで、そんなに嬉しそうなんですか…」 何故かニコニコと嬉しそうに笑っているではないか。 やっぱりよくわからない人だ。 「キミの素が見れたから嬉しいんだよ」 「…そう…ですか…」 脱力して気が抜けた。 …秋、早く帰ってこないかな…。なんかこの人、俺の手に負えない気がしてきた。 もはや“触れるな危険”扱いで、視線を合わせたらヤバイ気がする。 秋が早く戻ってくる事を祈りながらひたすら足元を見ていると、目の前の相手がまたしてもとんでもない事を口走ってきた。 「黒崎の恋人じゃないなら、僕と付き合いませんか?」 「…は、い…?」 「聞こえた?」 「はい、まぁ聞こえましたけど…。…って、ぇえっ!?誰と誰が何!?」 「まぁまぁ、落ち着いて」 「この状況で落ち着いてるアンタがおかしい!」 「え…。じゃあ僕も慌てた方がいい?」 「…いや、それもなんか変だし…」 「だよね」 「……」 …どうしてだろう…。日本語として会話がなりたっているのに、意思の疎通がなってない気がする…。

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