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編入初日16

冗談なのか本気なのかもわからない。 いや、冗談なんだろうけど、どう対応していいのかがまったくわからない。 困惑しながら目の前にある端正な顔を見ても、またニッコリと微笑みかけられる。 それに対して引き攣った笑いしか返せない自分が情けない。 なんだかよくわからない中で唯一つ言えるのは、目の前の人物はこれまでの俺の人生の中で会った事のない人種だという事。 対処法が全くわからない。取説が欲しいくらいだ。 隙をついて扉を閉めてしまえば、とりあえずこの状況から逃げられるか? 今ならこの人も油断してるし、また俺が扉を閉めるなんて思ってもいないだろう。 表情も変えず視線もそのままに素早くノブを掴んで手前に引き寄せた。 …はずが、扉は閉まるどころかピクリとも動かない。 なんで? 相手は一切動いておらず、扉を掴まれてもいない。その手は体の脇に行儀よくおろされている。 首を傾げながら何気なく視線を床に向けると、そこにあったのは、 …足…。 片足が扉の進路を邪魔していた。 そんな行動とは裏腹に、本人は穏やかな笑みを浮かべている。 優雅さと強引さが見事に融合しているというか、なんというか…。 なかば感心した思いで相手の顔を眺めつつも、逃亡の手段を封じられてしまった身としては次を考えなければいけない。 見つめ合ったまま沈黙が続く。 そして思いつかない打開策。 どうすればいいんだ。誰か助けて。 そう叫びたくなった時、ようやく天の助けが訪れた。 「あれ?鷹宮(たかみや)さん、こんな所で何してるんで…、って深?…もしかして二人とも知り合い?」 すでに慣れ親しみつつある声と姿が廊下の向こう側に見えた途端、かけられた言葉に否定を返すより何より、とにかくホッとして安堵の溜息がこぼれおちた。 これで目の前の相手も用事を済ませられるだろう。 待ちわびた秋が来て喜んでいるだろう相手をチラリと窺い見る。 …眉を寄せて迷惑そうに秋の姿を見つめているのは何故だ。あんた秋に用事があったんだよな? 「なんだ…、黒崎戻ってきちゃったんだ」 「……戻ってきちゃったんだ…って…、秋に用があってここに来たんですよね?」 「ん~…、そうだった気もするけど…」 「………」 そうだった気もするけど…って。…そうだっただろ…。 『鷹宮さん』と呼ばれた目の前の人は、面白くなさそうに溜息まで吐いている。 溜息を吐きたいのは俺の方だ。意味がわからない。 真横まで来た秋が苦笑いを浮かべて肩を竦めているのを見ると、もしかしたらこの鷹宮さんという人は、いつもこんな感じなのかもしれない。 「それで、俺になんの用ですか?」 俺の横に立っている秋が、このままでは埒があかないとばかりに問いかける。 それなのに問い掛けられた当の本人は、何も聞こえなかったかのように俺を見て微笑むだけ。 ワザと?このマイペースさはワザとなのか? 天然なのか、もしくはわかっていてワザとやっているのかと聞いたならば、この人の場合はなんの躊躇いもなく『ワザとやっている』って答えると思う。 柔らかな対応の裏に、曲者的な何かを感じる。 やっぱりこの場を去った方がいい。絶対に。 「あの…、秋も戻ってきたんで、俺はもう戻ります」 背後の室内に向けてジリジリと後退しはじめた。 「ダメ」 即答で返ってきたのは、笑顔の否定。 思わず、後退させていた足をピタリと止めてしまった。 これはもう俺にはどうにもできない。 なんとかしてくれ…と無言の訴えを秋に向けると、さすがに俺の気持ちがわかってくれたらしく、目線だけで頷いてくれた。 俺達のそのやりとりを興味深そうに見ていた鷹宮さんだけど、秋がその背に俺を隠すように移動した時点で、不満気に笑みを消す。 「鷹宮さん、深で遊ぶのはやめて下さい。それよりも、ここに来たという事は俺に何か用事があったんですよね?」 「ん~…まぁ当初の目的は黒崎なんだけどね。…今はどちらかというと、深くん?の方に用ができた」 秋の肩越しに聞こえたその言葉に、横からヒョイッと顔を出し、 「いえ、俺はアナタに用は無いです」 控えめに言葉を挟んでみた。 とりあえず自分の意思は告げておかないと。 それなのに、振り返った秋に軽く睨まれてしまった。どうやら黙っていろと言うことらしい。 スミマセン、もう余計な事は言いません。 せっかくの味方を敵に変えてしまっては大変だ。 大人しく秋の背後に身を隠して、目の前の状況を静観する事にした。

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