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編入初日17

長身の二人が並ぶ様は、見ているだけなら羨ましく思うほど。 ただし、関わるとなるとまた別モノだけど…。 「深は今日来たばかりでここの事は何もわかっていません。鷹宮さんが簡単に手を出してオモチャにするのは許しませんよ」 「オモチャって…ひどいな。キミは僕の事をそんなふうに見てたの?僕はただ単に皆の事が好きだから仲良くなりたいと思っているだけなのにね」 「博愛精神旺盛もいいですけど、それによって生じる様々な事情を考えてください。…来たばかりの深をそれに巻き込んだら、いくら鷹宮さん相手でも怒りますからね」 穏やかさを取り払った秋は、雰囲気がガラリと変わってかなり厳しい面持ちになる。 声にも柔らかさがないせいで、硬質な響きの声に本気が窺える。 さすがの鷹宮さんも、これには深い溜息を吐いて諦めたように片手を上げた。 「わかったよ。黒崎がそこまで言うなら、当分は何もしません」 「当分じゃなくて、これから先もずっとです」 念を押すように秋が言うと、鷹宮さんは苦笑いを浮かべながら両肩を竦めた。 「キミがそこまで誰かに干渉するのは珍しいね。わかったよ、大人しく帰ります。それじゃまたね、深くん」 最後に、秋の背後を覗き込むように顔を出して俺に笑いかけ、まるで何事もなかったかのように歩きだす。 その後ろ姿もやっぱりモデルっぽいな…なんて感想を抱きながら見送っていると、階段へ続く曲がり角に差し掛かったところで突然こっちを振り返った。 な…なんだ…? 身構える俺達に対して鷹宮さんは、たったいま思い出したとばかりに、 「あ~、そういえば、芹沢が探してた」 やっと当初の目的である用件を秋に告げた。 絶対にワザとだ。 今まで言うのを忘れていたわけじゃなくて、ワザとこのタイミングで言ったと断言できる絶妙さ加減。 「…それを早く言って下さい」 後ろ手に片手をヒラヒラと振りながら去っていく鷹宮さんを見ながら静かに怒りを表した秋を見て、思わず吹き出しそうになってしまった。 冷静な秋もあの人には適わないのか…、最強だな。 面白いやり取りにニヤニヤしていると、不意に振り返った秋が冷たい眼差しを向けてきた。 「…楽しそうだね、深」 しまった…、笑っている場合じゃなかった…。 助けてもらっておきながら、恩人である秋の不幸を笑っている俺ってどうなんだ。 とりあえず空笑いで誤魔化してみたけど、深~い溜息を吐かれてしまった。 「もういいよ。とりあえず部屋に入ろう」 どうやら許してもらえたらしい。 これ以上呆れられる前に、一も二もなく頷き返した俺。 フッと表情を緩めた秋の背中を押して、ようやく2人そろって部屋へ戻った。 鷹宮さんの登場によって異常な疲れを感じていたのは俺だけじゃなかったようで、リビングに入ると体を投げ出すようにソファに座ったのは秋の方が先だった。 「今さらだけど、おかえり」 「ただいま」 ソファに座り込んで、お互いに溜息交じりの笑みを交わす。 「今の誰?秋の知り合いなんだろ?」 「うん。…知り合いだけど、深は知らなくていい」 「なんだそれ」 「卒業するまで知らなくてもいいくらいだよ。…無理だろうけど…」 前髪をかき上げながら言う秋の顔には、まったくもって表情が無い。 鷹宮さんの事を嫌っているようには見えなかったけど、苦手なんだろうな…とは思った。 『知らなくてもいいくらいだ』と言う秋の意見には俺も賛成。 本音を言うと、少し気にはなる。けど、関わったら関わったで大変そうな人だったから…。 さっきの出来事を思い返しながら何度か頷いていると、手にした携帯をチェックしていた秋がソファから立ち上がった。 「仕方がないから、もう一回出かけてくる」 「さっき鷹宮さんが言ってた、芹沢さんって人?」 「うん。風紀委員長だから無視するわけにもいかないしね」 「…芹沢さんって風紀委員長なのか…」 避けて通りたい代名詞の役職名に、顔が引き攣る。 それを見た秋が思わずといった感じで笑ったけど、しょうがないだろ、一般的な生徒だったら風紀委員長って聞いただけでなんだか息苦しくなってくる。 イメージとしては、厳しい目つきとキツイ口調の優等生。 「もう誰が来てもドア開けなくていいから」 出て行こうとした秋が何かを思い出したように振り返ったからどうしたのかと思えば…。 子供じゃないんだから、と笑い飛ばそうとしたけど、秋の目が一瞬だけ鋭く光った気がして無言で何度も頷いてしまった。 満足気に微笑んだ秋が、扉の開閉の音と共にその姿を消す。 あとにはシンとした静寂のみ。 ここでようやく気が抜けて、ソファの背もたれにグッタリと体を寄りかからせた。 鷹宮さんっていったいなんなんだろう…、とか、なんで風紀委員長が秋を呼び出すんだ?…とか。 色々と考えたい事があるハズなのに、脱力した体と頭に睡魔が猛然と襲いかかる。 …ダメだ…、さっきの睡魔がまた…。 少しだけ目を閉じるつもりが、いつの間にか完全なる眠りの世界へと旅立ったのは、ほんの数分後の事だった。

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