20 / 226
学園生活2
「このままだと誰も俺の話を聞いてくれなさそうだから、今日はもう話を切り上げて編入生の紹介をします。…という事で、天原、自己紹介をしてくれるかな」
後半部分は横に立つ俺に向けて言ったもの。その顔は優しく微笑んでいる。
それに勇気付けられて前を向くと、さっきよりも更に遠慮ない視線が突き刺さった。
けれど、もう既にじゅうぶんなまでの好奇の視線に晒されまくっていたせいか、逆に気持ちが落ち着いてきて緊張が消える。
「天原深です。今日から宜しくお願いします」
男だらけの教室内に向けて軽く頭を下げるだけの、愛想も何もない簡単な自己紹介。
特に詳しく言うこともないだろうと、そんな一言だけの挨拶で終えてしまったことが問題だったのか…、暫しの沈黙の後、怒涛のような質問が押し寄せる事態となってしまった。
「天原って色素薄くない?」
「天原君って前は部活なんだった?」
「天原はどんな奴がタイプ?」
「天原君は、」
………好奇心強すぎじゃないか?
前もって笹原先生から聞いていたものの、まさかここまで人見知りのない奴らばかりだとは思わなかった。
教壇上にいるにも関わらず、その勢いに押されて体が後退ろうとしてしまう。
それでもなんとか、矢継ぎ早に飛び交う質問に答えようと口を開くも、その瞬間に更に新しい質問が重なり、…もうどの質問に答えればいいのかわからなくなってきた…。
口を開けたっきり言葉を発せられない。
もしかして、全部に答えないとこの質問地獄からは逃れられないんだろうか…、と恐ろしい事態を想像した時、
「お前ら少しは黙れ。天原が困ってるだろ」
落ち着きのある低い声が響きわたった。
それを機に、これまでの騒動が嘘だったかのように静まる教室内。
けれどそれは決して嫌な静まり方ではなく、その人物の言葉だからこそ従う…といった感じの信頼した雰囲気が伝わってくる。
どんな人物が言葉を発したのか、思わず教室内をグルリと見まわした。
…あ、いた…。絶対この人だ。
窓際の一番後ろの席に座っている、あきらかに周りの生徒達とは違う落ち着き払った風貌と眼差し。
短髪黒髪とノンフレームの眼鏡が、知的さを醸し出している。
声の主がわかって満足したのも束の間、その本人とがっちり視線が噛み合ってしまった事に気がついて「ウッ」と言葉に詰まった。
こういう場合はどうしたらいいんだ?ニッコリ笑いかければいいのか?それとも軽く頭を下げた方がいいのか?
内心でちょっとしたパニック状態を起こして顔を引き攣らせていると、そんな俺の動揺がわかったのか、相手が僅かな微笑と共に会釈を返してきた。
そういう顔をすると、幾分か鋭さが抜けて親しみやすい雰囲気になる。
ホッとして表情を緩めつつ会釈を返したら、何故か周囲がどよめいた…ような気がする。
…今度はなんだよいったい…。
どうにもわかりづらい周りの反応に戸惑っていると、笹原先生がようやく生徒達を諌めはじめた。
「はい、終了。聞きたい事がある奴は、休み時間に直接聞くように。それから、真藤 と天原も、見つめ合うのは後にしてくれるかな?」
「は!?」
なんて事を言うんだこの先生は!いつ見つめ合った!?
いや、見つめ合ってたかもしれないけど、そういう誤解を生む言い方はやめてくれ…。
真藤というのがさっきの人物だとわかったのはいいけれど、優し気に見える笹原先生が実は曲者かもしれない疑惑が持ち上がって、思わず横に立つその顔を凝視してしまった。
「天原の席は、今言った真藤の隣ね。彼はクラス委員だからなんでも聞くといいよ」
俺の視線もなんのその、ニッコリと微笑みかけられれば戸惑いながらも頷くしかできない。
見つめ合ってるだのなんだのと言われた後に隣に行けって言われても、はっきり言って行きづらい。
そう思っても断れるはずもなく、微妙な思いを抱えたまま窓際から2列目の最後尾、指定された席へ向かった。
途中、通り過ぎる席の奴に「宜しく」「あとで話そうぜ」と声をかけられるままに笑顔で頷き返す。
遠巻きにされるんじゃなく、クラスメイトとして迎え入れてくれるこんな対応が嬉しくて、心がほわりと温かくなる。
ともすれば緩みすぎそうになる顔を引き締めながら自分の席につくと、隣の真藤がその眼に好奇の色を浮かべてこっちを見ている事に気がついた。
「よろしく。…えーっと…、真藤でいいんだよな?」
さっきは笹原先生のせいで落ち着いて対応できなかったけど、よく見れば男らしく整った硬派な容姿で、知的さも相まって安心感がすごい。
「こっちこそ宜しく。俺は真藤要 。わからない事があったら聞いてくれ」
さっきと同じく、落ち着いた響きの声と冷静な雰囲気。
こういう奴は同性からも頼りにされるだろう。なんて思いつつ頷くように会釈を返していたら、突然なんの前触れもなく前の席の奴がこっちを振り向いてきた。それもかなりの勢いでグワッと。
「僕は宮本薫 。よろしくね~!」
いきなりの事に目を瞠るも、その容姿の可愛らしさに思わず凝視してしまう。
この学校に来てまともに言葉を交わした中では初めて出会う、自分よりも小柄な人間。
柔らかそうな茶色い髪と、大きな瞳を好奇心でキラキラさせているところが、頭を撫でたくなるくらいに可愛い。
「こっちこそ、よろしくな」
小動物系の容姿に和んでゆるりと笑みを返しながら挨拶をしたら、何を思ったのか…突然宮本が座っている椅子を半回転させてヨイショと体の正面をこっちに向けてきた。
いくらなんでも大胆過ぎる。
戸惑う俺を気にも留めず目の前でニコニコと笑っている様子に、さすがに顔が引き攣った。
どうしたらいいんだこれ。…笹原先生怒ってるし…。
宮本の後方、教壇上で仁王立ちしている般若と目が合った。
一見笑顔に見えるのに、眼だけが笑っていない。
…怖っ…。
ともだちにシェアしよう!