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学園生活8

「俺、あの子に何かしたかな…」 秋と別れた後、渡り廊下からどこにも寄らずまっすぐ寮に戻って最初の呟き。 制服のままリビングのソファに寝転び、さっきの出来事を思い出して溜息を吐いた。 今になって考えると、あの時の空気に飲まれて秋にそっけなくしてしまった自分は最低だと思う。 …でも、俺が話そうとしたら、なんか微妙な雰囲気になったんだよな…。 秋の隣にいた子が浮かべた表情。 妬みとか恨みとか嫌悪とか…、そういう類のものだったように見えた。 気のせいかもしれないと思いたいけど、たぶん気のせいじゃない。 考えれば考えるほど、モヤモヤしたものが胸の内に広がる。 その時ふと、薫が食堂で言っていた秋に対する言葉を思い出した。 『文武両道で顔もいいし家柄もいいから凄い有名人なんだよ。皆が隣に並びたがってる。でも、本人は一定以上の付き合いを周りに許さないんだ。優しく見えるけど、内面は結構冷たいかも…?』 もしかしたら、渡り廊下で秋と一緒にいた人達が本当に仲の良い友人達で、俺とは寮が同じだからという上辺だけの付き合いなのかもしれない。 だからあの時隣にいた子は、親しく話そうとした俺に「勘違いするな」と牽制するつもりであんな顔をしてきた…とか? 「あ~…、だんだん思考がネガティブになってきた。考えるのはやめよう」 想像だけで判断するのは良くない。秋にも彼らにも失礼だ。 …と思うのに、やっぱりスッキリしない。 自分で思っていた以上に、食堂での薫の言葉が頭に引っかかっているらしい。 「…なんだろうな…」 グルグルと思い悩みながら、胸に抱え込んでいたクッションをソファの向こうへ放り投げた。 「こら、行儀悪いよ」 「…っ!?」 自分しかいないと思っていた部屋の中に突然聞こえた声。 驚いて上半身を跳ね起こすと、いつの間に戻ってきていたのか…床に落ちたクッションを拾い上げている秋の姿があった。 「…秋…、いつの間に…」 茫然として固まっている俺に、クッションを片手に持った秋が苦笑いを浮かべたまま近づいてくる。 「たった今戻ったばかりだよ。気付いてくれないなんて冷たいな」 そんな冗談混じりの言葉にいつもだったら笑って返すけれど、さっきまでネガティブな事を考えていたせいで上手く言葉を返せなくて、ついつい視線を逸らして黙ってしまった。 「深…?」 秋の怪訝そうに声に、ハッと我に返った。 …何やってんだ俺。 想像だけで思い悩んで秋に不信感を持つなんて、どうかしてる。 いつの間にか泥沼のような思考回路に陥っていた事に呆れながら、ソファにしっかりと座りなおした。 「ごめん、眠くてボーッとしてた」 緩く笑みを浮かべながらクッションを受け取ろうと片手を伸ばすと、何も言わずとも意図がわかったのか、柔らかくフワフワした手触りのそれが手渡される。 癒される感触にホッと安堵の息を零したのも束の間、突然その腕を掴まれ、渡されたばかりのクッションをまたソファの上に落としてしまった。 「…秋?」 思いも寄らない行動に、一瞬だけ固まる。 見上げた先にある秋の顔はとても真剣で、悪戯に腕を掴んできたわけではない事がわかった。 「…何か、あった?」 「な…にか…って…、何が?」 鋭く見えた瞳は、よく見ればどこか不安そうな色が浮かんでいて、心配しているようにも見えるその表情にドキッとする。 でも、いくらなんでも 『クラスメイトに、実は秋って冷たいんじゃないかな、とか、人と関わりたくないのか一定の距離を置いているんだよ、って言われて…不安になりました』 なんて言えるわけがない。 だから、なんでもない風を装った。それを本当に信じたかどうかわからないけど、秋は 「…いや…、なんでもないならいいんだけど…。なんとなく、ね」 そう言って視線を逸らし、俺の腕を離してくれた。 秋の視線が外れた瞬間、妙に心細さを感じて自分の心の中にあるモヤモヤを言ってしまいたくなったけど、結局口にする事は出来なかった。 よく考えれば、それを秋に言ってもしょうがない事だし…。 クッションを腕に抱えてソファの背もたれに深く寄りかかりながら、この妙な雰囲気をどうにかしようとテレビのリモコンを目で探していると、制服を着替える為にベッドルームに向かおうとしていた秋が、何かを思い出したらしく不意に足を止めてこっちを振り向いた。 「そういえば深は初めてだと思うけど、今週、生徒総会が開かれるんだ」 「生徒総会?」 なんだそれ?と首を傾げて秋を見る俺に、さっきまでとは違う優しい笑みが返される。 「うん。全校生徒が集まるんだけど…、その時、生徒会の人間には関わらないように気をつけて」 「生徒会の人間?」 「やっかいな人の集まりだから」 「あぁ…そうなんだ。うん、わかった」 なんだかよくわからないけど、『やっかいな人間とは関わらない方がいい』というのは、万国共通の合言葉だと思う。 おまけに、秋の目が真剣なものになっているという事は、冗談ではないのだろう。 そもそも、一般生徒の俺と生徒会の人間が関わることなんて絶対に無いはずだから、きっと大丈夫。 任せろ!とばかりに大きく頷いて見せたけど、それでもまだ心配そう。 一抹の不安を抱えているらしい秋を安心させる為に満面の笑みを返したら、何故か溜息まで吐かれてしまう始末。 あきらかに信用されてないだろ俺…。 ちょっとへこみながらも、ベッドルームに消える秋の後ろ姿を見送った。

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