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学園生活12
† † † †
「ナイスレシーブ!」
「行けーっ!決めろー!!」
「バカ!しっかり返せよ!」
それぞれのチームから上がる歓声と叱咤。
今日の体育の授業は、雨天に阻まれたせいで外には出られず体育館でバレーボールだ。
俺と真藤が同じチームで、薫だけ別のチームに振り分けられてしまった。
その時の薫の顔と言ったら最高に可笑しかった。
思いっきり吹き出した俺はいつもの如く、だけど、真藤まで吹き出したんだから相当だろ。
ショックで呆然とした状態から徐々に拗ねモードに変わっていく過程が、見事に顔に表れていたんだ。
わかりやすい奴だよ本当に。
「真藤。俺達の次の試合ってどこのチームと?」
「ん?…あぁ、…宮本のチームだ」
「…薫のとこかよ…」
自分だけ離れてしまった腹いせに、何か仕掛けてきそうな気がする。
体育館の壁際に真藤と並んで座りながら、斜め向こうの壁際にいる薫を何気なく見ると、…目が合った…。
ニッコリ微笑むその顔が怖い。
「天原」
薫の笑顔に顔を引き攣らせている俺に、真藤が突然真剣な口調で話しかけてきた。
振り向いた先にあるのは、声と同様に真剣な顔。
「…なに」
「お前、鷹宮会長と知り合い?」
「へ?」
それまでの話とは繋がらない、脈絡のない問いかけ。意味が分からず驚いたとはいえ、間の抜けた反応をしてしまった自分がちょっと恥ずかしい。
でも、いきなり何。…まさか真藤も鷹宮さんファンとか言わないよな?
恐ろしい想像が頭をよぎり、隣に座る相手の知的な顔を凝視してしまう。
するとその瞬間、心の底からイヤ~な顔をした真藤に、
「ありえない想像をするなよ。俺は会長の事なんて何とも思ってないからな」
きっぱり否定されてしまった。
なんで考えてた事がわかったんだろう。
笑って誤魔化そうとしたら、今度は深い溜息を吐かれてしまった。
「わざとらしく溜息なんか吐くなよ。突然そんな事聞く真藤が悪いんだろ」
「確かにそうだけど。だからって、そんな顔で人の事を見るな」
「そんな顔って…」
「『なんで突然そんな事?…あ、もしかして鷹宮会長ファン?…えっ、真藤が!?』っていう顔」
「………」
…スミマセンもう何も言う事はありません。
そこまで顔に出ていた自分が情けないのか、そこまで読み取れてしまう真藤が凄いのか…。
今度は俺の方が深い溜息を吐いて脱力してしまった。
「それで?」
「…んー…、顔見知り程度の知り合い、かな?そもそもは秋の知り合いだから、鷹宮さんは」
「『鷹宮さん』ね…」
嫌味ったらしく呼び方を強調する真藤。
なんでそんなに突っかかってくるのかわからない。
「何が言いたいんだよ」
「いや…、なんかお前って、厄介事の種をどこからともなく拾ってくる奴だな~って」
「厄介事の種…?」
思わず首を傾げて復唱してしまった。
もしかしてそれ、秋と鷹宮さんの事?
思い出したのは、この前食堂で話した「秋と同室だ」と言った時の事。あの時も微妙な反応をされた。
秋はともかく、鷹宮さんの場合はあの掴みどころのない性格のせいで厄介な人物というのはなんとなくわかるけど、真藤が言うそれは何か別の事のように思う。
二人が有名だからって事?
何も言わずに真藤の顔を見つめたら、また深い溜息を吐かれたあげくに、もういいとばかりに片手をヒラヒラと振られた。
「なんだよ、気になるだろ」
「別に。…っと、俺達の試合の番だぞ」
問い質そうとした時、運悪く…――真藤にしてみれば運が良く、同じチームの奴が呼びに来てしまった。
ちょうど良かったとばかりに、さっさと立ち上がってコートに向かう真藤を呼び止めようと手を伸ばしたけれど、結局その手は真藤に追いつかず、俺達を呼びに来たチームメイトに掴まれて引っ張り上げられる事になってしまった。
目の前には鮮やかなオレンジ色。俺の手を掴んでいるチームメイトの髪の色だ。
「ほら天原、早く行くぞ」
「…はいよ」
不満そうに返事を返すと、腕を掴んでいるそいつはフッと笑ってそのままコートまで俺を引っ張っていってくれた。
その後、薫のチームと試合をした俺達は、かなりの接戦のすえ2点差で負けた。
セッターについた薫のえげつない作戦にまんまとやられてしまったんだ。
…薫を敵にまわしたくない…。
これは、その日に薫のチームと戦った全員の一致した意見だと思う。
結局、真藤が何を言いたかったのかわからずじまいで体育が終わってしまった。
午後。
雨も止んで、風が心地よく入ってくる窓際から2列目一番後ろの席。
昼飯を食べすぎてお腹がいっぱいになっているせいか、授業中にも関わらずウトウトとまどろんでいた。
現代社会の先生の低くボソボソ話す声が、余計に眠気に拍車をかける。
「…おい」
「…ん~…」
「ん~、じゃない。起きろ、天原」
横から誰かが小声で話しかけてくるのが耳に入ったけど、あまりの心地良さに目を開ける気にならない。
無視だ無視。
そんな風に思った瞬間、堅い何かがビシッと後頭部に刺さった。
「痛~~っ…!」
衝撃を受けた部分を手で押さえながら顔を上げて周りを見回すと、横の席で真藤が長い定規を持ってニヤリと笑っている姿が視界に入る。
お前は鬼か!?
油断していた時にまともにくらった攻撃の威力は凄まじく、涙まで滲み出てしまった。本当に痛い。
そのまま威嚇するように真藤を思いっきり睨んでいると、前方からワザとらしい咳払いが聞こえてきた。
恐る恐る前を向いた瞬間、細めた目でこっちを睨んでいる先生と目が合う。
…しまった…。
「…ゴホン…、天原君。静かに授業を受けていたと思ったら突然奇声を発するなんて、何かあったのかな?」
「い、いえ、すみません。ちょっとでシャープペンの先で指を刺しちゃって…」
アハハっと笑った俺を見た先生は、溜息とともに黒板に向き直り授業を再開した。
…あ、危なかった…。
ホッと安堵の息を吐いてから改めて横の席に座る相手を見ると、その本人は顔を俯かせて片手で口元を覆い、更には肩を震わせているではないか。
明らかに笑っているだろうその姿。殴りたい。
前に比べて笑うようになった真藤に、打ち解けてきたなーと嬉しい気持ちはあるけれど…、
この笑いはそれ以前の問題だ!!
「起こすならもう少しまともに起こせよっ」
「まともに起こしても起きなかったから強行手段に訴えたんだけど?」
「………」
…何も言えない…。
諦めて、まともに授業を受けることにした。
もともと成績自体は良いし勉強する事も嫌いではないから、授業が苦だと思った事はない。
それでも、今日みたいに4時間目が体育で、昼にお腹いっぱいご飯を食べて、それで5時間目が現代社会の授業だった日には…、睡眠不足ではなくとも睡魔が襲ってくる。
また込み上げてきた欠伸を噛み殺し、今度はしっかりと黒板に書かれた文字をノートに書き写し始めた。
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