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学園生活16

…覚悟とか言われてもなんの覚悟だよ…。 図書室を出た後、動揺を隠し切れずに意味もなく歩き回り、気付けば中庭の入口まで来ていた。 白いアーチに絡まるピンクの薔薇を見ても、とても優雅な気持ちにはなれない。 それどころか、脳裏に疑問ばかりがグルグル回り、花なんか全く目に入らない。 アーチから数歩内側へ足を踏み入れ、近くに咲いているツツジの花に手を伸ばした。 一枚引っ張っては千切れそうな直前で離し、そしてまた一枚引っ張っては千切れる前に離す。 ゆらゆら揺れるツツジの枝。 無我の境地でそんな事をしているうちに、力加減を間違えたのか、引っ張った花弁がプチッと千切れてしまった。 そこでようやくハッと我にかえる。 「…動揺しすぎ…、っていうか庭師のおじさんに怒られる」 ここに来た初日に、ツツジの花弁を散らしすぎて秋に叱られたのを思い出した。 ちょうどいい高さにあるせいで、ツツジばかりが俺の被害にあってる。 おまけに、放課後は近寄らない方がいいって言われてたじゃないか。 もう1つの忠告も思い出して口元が引き攣る。 そういえば気のせいか、奥の方から楽しげな笑い声が聞こえるような…。 …何やってんだろ、俺…。 こんな所に来てツツジの花弁引っ張って、見てはいけない光景を想像して動揺する今の自分。 そんな行動に我ながら呆れて溜息を吐いたところで、天を仰いだ。 「…部屋に帰ろ」 少しでも気分転換ができたからなのか、さっきまでの動揺が薄らいだのを感じる。 風に揺らされる髪をぐしゃりとかきあげ、寮に向かってゆっくりと歩き出した。 「ただいま」 誰もいない部屋で挨拶が返ってこないとわかっていても、帰ってくると何気なく口を出る言葉。 でも今日はいつもとは違っていた。 「おかえり」 返ってきた挨拶に(あれ?)と思いながらリビングに入ると、珍しく秋が先に帰ってきていた。 ソファに座ったまま、こっちを振り返って穏やかに微笑んでいる。 「おかえり」と言うのはいつも自分の方だったから、慣れないと逆に気恥ずかしい。 通学用のバッグをリビング奥の自分の机に置いてから改めて秋に向き直る。 「秋がこんな時間にいるなんて珍しいな」 「今日はなんの呼び出しもかからなかったからね。…深は?授業が終わった後どこかに行ってたんだ?」 秋が座っている3人掛けソファの空いてる部分に腰を下ろすと同時に問いかけられた内容に、思わずピシリと固まった。 宮原に襲われそうになってました、なんて死んでも言えるか。 動揺を押し隠してさりげなく秋の顔を見る。そして見た事を後悔する。 何故か秋の顔からはさっきまでの微笑みが消えていたのだ。 微笑が消えているどころか、不機嫌にさえ見える。 「…秋…?…なんか、怒ってる?」 伝わってくる気配の物騒さに恐る恐る問いかけるも、秋の視線が俺の顔じゃなくて、それよりも僅かに下…――首筋あたりを見ている事に気がついて更なる疑問が募る。 なんだ? その鋭い眼差しが何を見ているのか気になって片手で首筋を触ってみたけど、特に何かがあるわけでもない。 「……深。今までどこで何をしていたのか、教えてくれる?」 「な…んで…?」 首元に向けられていたはずの鋭い眼差しがいつの間にか俺の目を射抜くように見ていて、視線が絡み合った。 何故か本気で苛立っているらしい様子に、自然と体が逃げ腰になる。 どこで何をしてたのかって…、あんなこと正直に言えるわけない。 怒らせる何かの原因があるらしい首筋を手で押さえたまま、秋から離れようと腰を浮かせると同時、不意に伸びてきた腕に容赦なく手首を掴まれた。 痛いと思う間もなく、無理やり首筋から手が外される。 「これは何?」 「何って…、何が?」 秋が何を指して言っているのか本当にわからない。これって……どれ? 逃げても無駄だとわかったところで、引き気味になっていた腰を落ち着かせてソファに座り直した。それでも手首を掴んでいる手は離されない。 鋭い眼差しに睨まれて焦ってしまってまともに思考回路が働かない俺が、この状況を打破できるはずもなく…、ひたすら沈黙が続く。 その状態で暫く経ち、溜息と共にようやく掴まれていた手首を開放されたと思ったら、首筋より下…鎖骨あたりを指でトンッと突かれた。 軽くではあったけれど、突然のその行動に一瞬ビクッと肩が揺れる。

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