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学園生活21

「違います。今の時間は、二年の先生達が学年会議をする事になったから自習になって…」 「うん、知ってる」 「…………」 …知ってるなら何故聞くんだよ…。 焦りから、即、脱力へ変更。まったくもって返す言葉が見つからない。 相変わらず会話のキャッチボールが出来ているようで出来ていないこの状態には、物凄く覚えがある。 というか、この人はいつもこうだ。どうすればいいんだろう…。 そんな事を真面目に悩んでいる俺の事なんて全く気にもならないらしい鷹宮さんは、いつもの如く何がそんなに楽しいのかニコニコと笑いながらこっちを見ている。 「…あの、鷹宮さん…」 「ん?なに?」 「俺は自習中ですけど、鷹宮さんはどうしてこんな時間に?生徒会長がサボりはまずいんじゃないですか?」 「そうだね」 「そうだね、じゃなくて…」 俺はここで、会長がサボリなんてダメじゃないですか!って注意すればいいのか?それともスルーすればいいのか? 自分がどういう行動をとればいいのか皆目見当もつかなくなって、困惑気味にひたすら鷹宮さんの顔を見つめる。 すると、不意にその端正な顔から笑みが消えた。同時に気配も変わる。 冗談など言えないような、そんな真剣な気配。 …いきなり、なに? 笑みの消えた眼差しから目が離せないまま少しの間見つめ合っていると、鷹宮さんがいつもより少し低い声で話し始めた。 「二年生が自習だって聞いたから、今なら誰にも邪魔されずにキミと話せると思って探しに来た、って言ったらどうする?」 「…どうするって…、それは、冗談…ですよね?」 この人、いつも笑顔だから甘めの優男系だと思っていたけれど、表情をなくした元の顔の造作は、どちらかというと冷たい…というか鋭いものだと、いま初めて気がついた。 それに気付いてしまうと、こうやって笑顔もない状況で会話をする事にひどく緊張している自分がいる。 俺としては、できればここで「冗談だよ」と言って笑ってほしい。 でもその願いも虚しく、鷹宮さんは笑いもせずに真顔で言い放った。 「冗談じゃないんだけどな」 「…あの、…それは…」 それって、俺に会う為に授業をサボったって事?…なんでそんな…。 戸惑うばかりで次の言葉が出てこない。 視線を逸らしたいのに、まるで射抜かれたように逸らす事が出来ない。 立ち上がりたいのに、まるで体に重しを付けられているみたいに動く事が出来ない。 妙な迫力に萎縮してしまったように、ただひたすら茫然と鷹宮さんの顔を見つめるだけ。 「だってこうでもしないと、キミと二人で話をするなんて出来ないから。それは僕の状況のせいもあるけど、深君自身も周りを鉄壁のガードで守られてるしね。なかなか難しいんだよ、これが」 「鉄壁のガード?…って、…ちょっと鷹宮さん、近づきすぎっ」 いったい何の事を言ってるのかさっぱりわからなくて一瞬意識を逸らしたその隙に、背後にある給水棟の壁に手を着いて徐々に距離を縮めてきた鷹宮さんに気づいて焦りの声を上げた。 反射的に後退さろうとしたものの、壁に寄りかかっているせいでそれ以上は下がれず、鷹宮さんの体温まで伝わってくるくらいに近づかれてしまった。 いま動いたらダメだ、いろいろぶつかる。 お互いに座っているせいで目線の高さはほとんど変わらないまでも、体勢的にはどう見ても 『獲物と狩人』 もしくは、 『脅す人と脅される人』 「逃げないでよ」 「無理ですっ」 顔の横に置かれた手と、覆い被さるように覗き込んでくる端正な顔。 …なんでこんな事に…。 屋上に来た当初の居心地の良さなど、とうの昔に消え去ってしまった。 今あるのは、焦りと戸惑いだけ。 どうしたらいいのかわからないまま、更に近づく鷹宮さんの顔を、息を飲んで見つめる事しかできない。 ふわりと香るのはシャンプーなのか香水なのか…、すごく良い匂いがする。 なんて妙に落ち着いた事を考えていると、フワリと微かに優しく…口端に温もりが触れた。 …ッ…な!? 完全に頭の中が真っ白になった。 キスされそうな距離だとは思ったけど、まさか本当にされるなんて思わないだろ! 間近で見つめてくる瞳は先程までとは違い、柔らかな色を灯している。 …鷹宮さんが何を考えてるのか本当にわからない。 茫然としたまま固まっていると、 「何やってんだよ、浮気者」 不機嫌そうに響く第三者の声がその場の空気を壊した。

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