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学園生活22
さすがの鷹宮さんも驚いたのかゆっくりと身を起こして離れたけれど、その際に小さく嘆息したように見えたのは俺の気のせいじゃないと思う。
ようやく離れた事に安堵する間もなく、こんな場面を誰かに見られたという焦りと、耳に聞こえた『浮気者』の言葉に反応して視線を向けると、給水棟の端に肩を寄り掛からせてダルそうに立つ人物が視界に入った。
逆光だった為に最初は誰かわからなかったけれど、太陽が小さな雲に隠れたその一瞬にできた影で、ようやく相手が判別できた。
と同時に顔が引き攣る。
…よりにもよって…。
「…み、やはら…。なんで…」
無表情なのに不機嫌さが伝わってくる、宮原櫂斗が立っていた。
俺がその姿を凝視して固まっているというのに、同じ当事者のはずの鷹宮さんは、まるで何事もなかったかのように壁に背を預けて元の位置に座りなおしているのが解せない。
その余裕は何!?動揺してるのは俺だけ!?
そんな文句が口から出かかったけれど、それよりも先に、皮肉気な笑みを浮かべた宮原が口を開いた。
「生徒全員を等しく平等に愛してます、なんて言ってるアンタのする行動とは思えねぇな?鷹宮会長」
挑発的な宮原とは裏腹に、言われた本人はいつも通りの穏やかな微笑で宮原を見上げているだけ。
思ったとおりの反応が得られなかったせいか、宮原の顔が呆れたものに変わった。次いで溜息まで吐いている。
「…ったく…、本当に曲者 だよアンタは」
「そんなに褒められると照れるな」
「誰も褒めてねぇよ」
「ハハッ」
二人のやり取りに、今の状況も忘れて吹き出して笑ってしまった。
だって鷹宮さんって変だろ絶対。なんで本気で照れてるんだよ。
大物なのか変人なのか全く判断がつかない。
込み上げてくる笑いを押さえようと手の甲を口元に当てたところで、宮原の冷やかな視線が向けられている事に気が付いてまた固まった。
『笑ってんじゃねえぞ』
そんな声が聞こえるようだ。
更には、宮原どころか鷹宮さんまでも痛いほどの視線を向けてきている。
「なに笑ってんだよ浮気者」
「深君。まさか黒崎以外にも愛人がいるなんてね。…よりにもよってコイツだし」
「…は?…いや、ちょっと待ってよ。浮気者とか言われる筋合いも、秋を愛人とか言われる意味もわからないんだけどっ」
二人の言葉にツッコミどころが満載。
浮気も何も、宮原とはそんな事言われる関係じゃないし!秋が愛人って…、鷹宮さんが本命って言いたいのか!?いつからそんな事に!?
動揺に混乱がプラスされ、それが化学反応を起こして怒りに変わる。
意味がわからな過ぎてさすがにイラッとする。
けれど、そこでフと気がついた。
今のやりとりからすると、もしかしてこの二人って知り合いか?
「…あの…、もしかして二人は知り合い?」
恐る恐る聞く俺を見た二人が、同時に顔を顰めて嫌~な表情を浮かべた。
「知り合いっていうより、イヤでも視界に入るんだよね。この生意気な顔が」
「それはこっちのセリフだ。頼んでもいないのに視界に入ってくるのは誰だよ」
………逆に、仲が良い?
そんなふうに思えるくらい、お互いに遠慮なく言いたい放題。
面白くなって二人の様子を交互に見ていると、突然鷹宮さんが立ち上がった。
「…さて、僕はそろそろ戻るよ。邪魔者も来ちゃった事だし」
そう言ってこっちに向かって片手が伸びてきたかと思えば、頭をクシャっと撫でられる。
その行動にまた不機嫌になる宮原には目もくれず、そのまま横を通りぬけて飄々と屋上から出ていってしまった。
前にも思ったけど、台風の目だよ本当に。この後の宮原をどうしろっていうんだ…。
姿の消えた相手に恨み言を呟きながら額に手を当てていると、相変わらずの低いハスキーな声で宮原が話しかけてきた。
「お前、黒崎秋とも知り合いなのか」
「…え?」
意外な質問につられて顔を上げると、すでに不機嫌顔から無表情へ戻っていた宮原と目が合う。
なんでそんな事を聞かれるのか意図がわからずに、キョトンと瞬きをしてしまった。
「…知り合いっていうか…、寮の同室だけど…」
「は?それ本気で言ってんのか」
「本気に決まってるだろ、なんで嘘言わなきゃならないんだよ」
珍しく宮原が驚いている。
俺にしてみれば、驚いている宮原の様子に驚きだ。
コイツでも驚くことがあるんだ…。なんて変なところで感心していると、驚きから回復した宮原が、今度は「チッ」っと短く舌打ちをした。
「なんでそう面倒くさい奴ばっかり…」
「…面倒くさい奴って…」
知り合う奴全員がお互いに同じような言葉を吐くって、どういう事だ。
『面倒くさい奴』とか、『厄介な奴』とか…。どう考えても同義語だよな。
でも、そんな中で一つだけ思った事がある。
鷹宮さんはともかく、秋までそういう言われ方をされるのが意外だったという事。
やっぱり有名だからなのか…。
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