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学園生活23
「なに暗い顔してんだよ」
「…べ…つに、暗い顔なんてしてない」
無意識に気分が沈んでいた事を、まさか宮原に感づかれるとは思わなくて、ちょっと焦る。
適当そうなのに、意外といろいろ見てるんだよな。
珍しく宮原に対して好意的な眼差しを向けると、何故か呆れた表情で溜息を吐かれてしまった。
…なんでだよ。
何か言い返してやろうかと口を開きかけたけど、絶対に倍返しになって返ってくるだろう事を想像すると、その気も失せる。
もうそろそろ授業も終わりそうだし、大人しく教室に戻った方が賢明だな。
なんだかとてつもなく変な自習時間になった気がするけど、まぁいいや…。
鷹宮さんの意味不明な行動を思い出し、そして横にいる宮原をチラリと見てから立ち上がった。
「戻るのか?」
「そう、戻るの。お前も次の授業は真面目に受けろよ」
「今ここにいるアンタに言われたくねぇな」
「………」
それはそうだ…。自習とはいえ、サボる気満々だった俺に偉そうな事を言う資格はない。
誤魔化すように咳払いをして歩き出し、屋上から校舎内へ足を踏み入れた。
外に比べると格段に暗くなった階段の踊り場まで来たところで、宮原が数歩遅れて着いてきている事に気が付いた。
そして、授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
いいタイミングだったな。
次の授業には余裕で間に合うだろう事を考えてゆっくり階段を降りる。
5階を過ぎ、更に階段をおりて4階に辿りつく、その一歩手前。
あと数段で4階の廊下に着くといった時、「天原君」と突然誰かに名前を呼ばれた。
どこかで聞いた事があるような声に足を止めて視線を向けると、階段の真下に来ていた相手と目が合った。
「…あ…」
そこにいたのは、今までに二度ほど見た事がある、秋や鷹宮さんと知り合いらしい黒髪美人君だった。
いったいなんの用事があるのか。
俺に対して良い感情を持っていないとわかる相手に名を呼ばれ、さすがに警戒心が募る。
それによく見れば、相手の顔には苛立ちとか嫌悪のような、またしてもそういった類の表情が浮かんでいる。
相も変わらずそんな表情を向けられる意味がわからなくて黙って見ていると、一瞬だけ彼の視線が階下へ向かう階段に向けられ、またすぐこっちを睨むように見て口を開いた。
「…もしかして、さっきまで鷹宮会長と一緒だったの?」
「あ…ぁ、そうだけど…」
相手の視線の動きに、もしかして先に屋上を出ていった鷹宮さんと会ったのかもしれない…と気がついた。
鷹宮さんのファンなのか?
いや、秋の時もこういう目線を向けられたから、それだけじゃないよな…。
疑問だらけのまま首を傾げる俺に、更に眼差しを鋭くした相手が憎々し気な口調で言葉を放った。
「いい気にならないでよね。君が編入生ってことで、周りが気を使ってくれてるだけなんだから。チヤホヤされてるからって勘違いしないでよ」
「………」
あまりの言われように言葉が出ない。
チヤホヤされてもいないし、そもそも勘違いって何?
茫然としている俺を尻目に、言葉は尚も続く。
「会長も黒崎君もみんなに優しいんだから。自分だけに優しいとか思いあがらないでよね。親しい面されていい迷惑だって二人が思ってる事に、いい加減に気付いたらどう?」
清楚な顔に似合わない吐き捨てるような口調でそう言うと、スッキリしたとばかりにフゥ…と息を吐いて目の前から走り去ってしまった。
…親しい顔をされて迷惑?秋と鷹宮さんが、そう思ってる?
何がなんだかわからない中、その言葉だけがやけに耳に残った。
凄くショックな事を聞かされた気がして、目の前が暗くなる。
その時、誰かの腕が腰にまわされて、引き寄せるその力強い感覚に我に返った。
顔を上げると、さっきの彼が去って行った方向を厳しい眼差しで睨んでいる宮原がいた。
「…北原春香 。…アイツには気をつけろ。大人しそうに見えてかなりの曲者 だからな」
舌打ちと共にそう言いきった宮原は、俺に視線を戻した途端、それまでの殺伐とした眼差しを和らげて柔らかい表情を浮かべた。
なんとなく、その表情にホッとして安堵の息が零れる。
宮原に安心感を覚えるなんて、俺もどうかしてるな…。
それでも、腰に回された腕に、体どころか心まで支えられた気がしたのは確かだ。
変なの…。
妙な笑いが込み上げてくる。
「おい、なに笑ってんだ」
「べつに、なんでもない。…それより、腕…離せよ」
さすがにこれ以上密着していたら、通りがかった誰かに変な疑惑をかけられかねない。
…というのは建前で、実際はただ俺が気恥しかっただけ。
でも、そう言っても大人しく離してくれないんだろうな…なんて思っていたのに、予想に反してその腕はなんの躊躇いもなくスルリと離れていった。
「…なんだよ」
「いや、べつに…」
驚いて宮原の顔を見ていたら、その視線に気がついたらしく怪訝な顔をされた。
いつもこんな感じなら仲良くなれるのに。
のんきにそう思った瞬間、授業開始のチャイムが校舎内に鳴り響く。
「うわ…マズイ!急ぐぞ、宮原」
「ハイハイ」
どうでもいいという態度の宮原を無理矢理引っ張って、その場から走り出した。
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