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学園生活24

†  †  †  † 「ただいま」 寮部屋のリビングで、ソファとクッションに埋もれるように座ってテレビを見ていたところに、秋が帰ってきた。 今日は委員会で遅くなるって言っていたのに、時刻はまだ18時だ。 「おかえり。今日は遅くなるって言ってなかった?」 「うん。ちょっと呼び出しがかかってね。途中で切り上げてきた」 そう言いながら、手に持っていた携帯を軽く振ってこっちに向けて見せる。その顔は、怖いくらいに表情がない。 秋が『呼び出し』された時は、何故かいつも無表情になる事に気がついた。 最初は、(いろいろ忙しい奴だなー)なんて思っていたけど、もしかしたら呼び出してくる相手はいつも同じなのかもしれない。 「呼び出しって事は、今からまた出かけるんだ?」 「うん、家だけどね」 「家って…、黒崎コンツェルン?」 家からの呼び出しに、なんでそんな冷たい表情をするのかわからなくて聞いてみただけなんだけど、その名前を出した瞬間、秋の動きがピタリと止まった。 「…なんで、深がそれを知ってるの?」 「あ、いや、それは…風の噂で…」 「風の噂、ね。…どんな噂なのかわかったもんじゃないな」 戸惑いながら返した言葉に、皮肉的な笑いを浮かべる秋。 …こんな秋は初めて見る。 その突然の変わりように驚いてクッションを抱えながら固まっていると、そんな俺の状態に気がついたのか秋の表情がフッと和らいだ。 「ごめん、今の忘れて。深には関係ない事だから」 「…関係ないって…」 「深には、家の事に触れてほしくない」 「………」 グサッ…と、心臓に杭を打ち込まれた気がした。 刺すような胸の痛みと息苦しさに、顔を顰める。 “関係ない” “触れてほしくない” 言われた言葉が頭の中をグルグルと回って、二の句が告げなくなってしまった。 知り合ってからの期間はまだ短いけれど、それでも俺は、秋との信頼関係が出来上がりつつあると思っていた。 でもそれは、俺の勘違いだったのか? プライベートな事まで関わるな…と、そういうこと…? その時不意に、北原に言われた言葉が頭をよぎった。 『親しい面されていい迷惑だって二人が思ってる事に、いい加減に気付いたらどう?』 なんだか頭の中がグチャグチャになってきた。 秋と仲良くなってきたと思っていたのは俺だけで、本当は北原の言う通り迷惑だったのだろうか。 …友達と親しくなるのって、こんなに複雑なものだった? ここに来るまでに通っていた普通の公立学校では、こんな難しく考えずにみんなとふざけ合っていたというのに…。 そんな事を考えている内に、支度を終えたらしい秋が慌しく扉に向かって歩き出した。 「行ってくる」 秋の口から出たたった一言の挨拶に何も返せないまま、その後ろ姿をただ見送る事しか出来なかった。 ソファに座った状態でハッと我に返ると、秋が出て行ってから既に1時間も経っていた。 ひたすら秋の内面を推し量ろうと考えていたけど、結局そんな事、他人である俺にわかるはずもない。 額と目元を覆うように片手を当てて、深く溜息を吐いた。 「……どうすればいいんだよ…」 あまりに考えすぎて、何に対してどう悩めばいいのかさえわからなくなってきた。 このままここの一人でいても、煮詰まってしまってまともな事は考えられないだろう。 それどころか、ただ落ち込むだけだ。 短く息を吐き出すと、グシャッと前髪をかき上げてソファから立ち上がる。 「頭冷やそ…」 ポケットに携帯を押し込み、いつもよりも静寂さを感じる寮部屋を後にした。 寮の廊下を進む途中、夕食をとる為に食堂へ向かう生徒を見て自分もまだ夕食をとってない事に気がついたけど、お腹の空いていない今の状態で無理して食べる事もないだろう。 そのまま食堂の前を通りぬける。 「あ~!深君発見。…あれ?食堂に入らないの?」 背後から聞き覚えのある声に呼びとめられ振り向くと、そこには数人の友達と一緒に食堂に入ろうとしている薫の姿があった。珍しく、真藤の姿が近くにない。 声をかけられれば、いつもなら一緒に食堂へ行くなり、行かないまでも立ち話をしただろうけど、今は誰とも話す気分になれなくて、後ろ手に右手をヒラヒラと振って何も答えずに歩き出す。 薫や真藤なんかと顔を突き合わせたら、きっと情けない泣き言を口走る自分が想像つく。 そこまで甘えるわけにいかないし、困らせるわけにもいかない。 申し訳ないとは思ったけど、薫に素っ気ない態度を返してその場から足早に離れた。 食堂を通り過ぎ、寮棟入口横にあるロビーに辿り着く。ここは相変わらず人気(ひとけ)がない。 外へ出ていく人はロビーなんかに寄らないし、帰ってきた人は早々に部屋へ向かう。だからいつ見ても静かだ。 ちょうどいいから気分転換に何か飲もうと、自販機に向かった、その時。 背後からパタパタと小走りに近づいてくる足音が聞こえてきた。 何故かその足音に鬼気迫るものを感じて振り向くと、驚くことにそこには、僅かに息を切らしながら泣きそうな表情を浮かべて走り寄ってくる薫の姿があった。 「…薫…。食堂に行ったんじゃなかったのか?」 「いったけど、…なんか気になったから…。どうしたの?」 「何が?」 「深君、なんか変だよ?」 「……気の…せいだよ」 薫の鋭い観察眼に思わず口ごもる。それが失敗だった。そんな微妙な変化でも、薫が見逃すはずがない。 案の上、表情が厳しくなる。 「絶対に嘘。ほら、何があったか言ってごらん」 厳しい表情の割には優しい口調に、ついホロっと口が開きかけたけど、結局何も言わずに顔を背けた。

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