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学園生活26

†  †  †  † 薫と話をした次の日の朝。 昨夜の事が精神的に尾を引いているのか、眠りが浅くいつもより早く目が覚めてしまった。 枕元に置いてある携帯のディスプレイには、今がまだ5時半だという事を示す数字が並んでいる。 少し離れた位置にある隣のベッドに視線を向けると、まだ熟睡している秋の横顔が視界に入った。 昨夜は、いつ秋が戻ってきたのか気がつかなかった。 という事はたぶん、かなり遅い時間に帰ってきたのだろう。 昨夜の事は忘れて、当たり障りのない関係を築けばいいだけだとわかっているのに、どうしても感情がついてこない。 朝を迎えてもまだ秋と面と向かって話をする勇気がもてなくて、深い眠りについている相手を起こさないようにそっとベッドから抜け出してリビングへ移動した。 8時前という時間のせいか、まだ教室には誰もいない。 そんな中で一人、自分の席に座って頬杖を着きながら窓の外をボーっと眺める。 …こんな状態で、今日の夜はどうするんだよ…。 気持ちを切り替えられない自分に女々しさを感じて溜息が零れた、そんな時。 「おはよう~!」 教室の前の扉から、元気良く入ってくる人物がいた。 静かだった室内に突如として響いたその声に、思わずビクッと肩を揺らして頬杖から顔を上げると、いつものようにその可愛い顔に満面の笑みを浮かべた薫が、俺の前にある自分の席に向かって一直線に突き進んでくる姿があった。 自分の席に向かう事を阻止するなんて出来るわけがない。 それはわかっている。わかっているけど、昨日の事を思い出すと恥ずかしくて薫が近づいてくる事を阻止したくなってしまう。 思わず、視線を合わせ辛くて顔を横に逸らしてしまった。 …うん、間違った判断だった…。 そう気がついたのは、背けていたはずの顔が薫の両手によって無理やりグキッと正面に向きなおされてしまった時。 「薫…、ちょっと、痛い…かな…?」 「朝の大事な挨拶を無視したあげくに顔を逸らすからでしょ~!」 「スミマセンおはようございます」 「うんうん、よしよし。朝会ったらまずその言葉を言わないとね。一日が始まらないよ?」 怒っているような口調の割に優しい笑みのまま、俺の顔から手を離してくれた。 そんな薫を見て時々思う事がある。 いつもマイペースで、周りの常識なんて関係ない!みたいな行動をとっているように見えるけど、実は物凄く色々な事を察していて、『人として大切なもの』が何かという事を、とてもよく知っているんじゃないのか…と。 俺の周りって、実はそういう人が多い気がする…。 薫の柔らかな笑顔と優しい心に、自然と表情が弛んだ。 2人で意味もなくヘラヘラと笑い合っていると、徐々に教室内に人が増えてくる。 ようやく朝の登校ラッシュ時間になったらしい。 そして、昨日の事が夢だったかのように、いつもと同じ日常が始まる。 「おはよう」 「あ、真藤君だ~。おはよう!」 隣の机にドサッとスクールバッグが置かれたと同時に聞こえた挨拶。 相変わらずの素っ気ない声。真藤だ。 朝から一分の隙も見当たらないキリリとした知的な容貌を見上げ、薫から朝の挨拶の大切さを説き正される前におはようと言わなければ…と妙な焦りを感じて口を開くと、俺が声を出すよりも先にグイっと腕を掴まれて上に引き上げられてしまった。 「ちょっ…、なに!?」 「話がある」 体育会系ではないはずなのにやたらと力強い真藤の腕に引っ張られて椅子から立ちあがり、容赦なく引きずられて歩き出す。 そのまま、教室を出て階段の踊り場まで連れていかれた。 時間的に、あらかたの生徒は教室に入っているのだろう、階段や廊下にはほとんど人の姿がない。いたとしても、一人二人が教室に入って行く後ろ姿が見えるくらいだ。 「突然なに…」 壁際に立ち、ようやく腕を放されて目の前に立つ相手を見ると、真藤にしては珍しく何かを言い淀むような…苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。 射るような真剣な眼差しで見つめられて、思わず後退りそうになる。 ここまで張りつめるような空気を纏われたら、何か良くない話をされるんじゃないかって事くらい想像がつく。 やがて、階段を通る人影もなくなった頃、さすがにもう時間が無いと悟ったのか、真藤が口を開いた。 「…お前、北原って知ってるか?」 「北原?…それって北原春香のこと?」 「やっぱり知ってたか…」 そう呟き、顔を背けて思いっきり溜息を吐き出している。 最近、妙に関わってくるようになった人物。 俺にとっては良い印象がないその名前に、ついつい眉を顰めた。 「それどういう意味?あいつと何かあったのか?」 「……昨日、部活の後輩から言われたんだよ」 「後輩?」 確か真藤は、あまり部活に時間を取られたくないという理由で、かなり自由度の高い天文部に入っていると聞いた事がある。 その後輩が何を? 更によくわからなくなった話の展開に首を傾げる。

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