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学園生活28
昼休み。
昼食を食べ終えてもまだ時間が余り、意味もなく1人で校内をうろうろしている途中、「深!」と聞き覚えのある声に背後から呼び止められた。
足を止めて振り向いた先には、こっちに向かって近づいてくる秋の姿が見える。
あの会話から後、まともに顔を合わすのはこれが初めてだ。
無意識に秋の周囲を見て北原が一緒じゃないことを確かめていた自分に気がついて、自己嫌悪を覚える。
「深?…どうかした?」
自分の女々しさにへこんでいるうちに、いつの間にか目の前に辿り着いた秋。
その怪訝そうな声に我に返って顔を上げると、心配そうな表情を浮かべている秋の顔が目に入った。
いつもと変わらない態度に、安堵と複雑な気持ちが同時に込み上げてきたけど、それらを押し殺して笑みを浮かべる。
「…なんでもない。ゴメン、ボーっとしてた」
「なんでもないならいいけど…。今から深の教室に行こうと思ってたから丁度良かったよ。委員会に出席する事になったから、今日も帰りが遅くなりそうなんだ」
「いつも大変だな。…俺の事は気にしてくていいよ。全然大丈夫だから」
申し訳なさそうに言う秋に、問題ないと頷き返す。
この前、生徒会役員でもないのに何故そんなに忙しいのかと聞いたら、生徒会とは違う働きをする『執務実行委員会』の委員長をやっているからだ、と教えられて驚いた。
生徒会よりは、風紀委員との関連が強いらしい。
一日置きくらいに遅く帰ってくる秋は、同室の俺に対して申し訳ないと思っているみたいだけど、そんな変な気兼ねはしてほしくないし、俺の存在が負担になりたくない。
だからいつも、「遅くなる」と言われた時は「俺の事は気にするな」と気軽に頷き返している。
けれど今日は、その答えに対していつもの秋とは違う反応が返ってきた。
「……深は、俺がいてもいなくても別になんとも思わない?」
「…え…?」
一瞬、何を言われたのかわからなくて、秋の顔を凝視してしまった。
真剣な表情は、とても冗談を言っているようには見えない。
という事は、今の秋の言葉は本気で言ったものという事になる。
…俺だって秋がいてくれた方が楽しいし、できれば多くの時間を一緒に過ごしたいと思ってる。
でも、秋が俺と一緒にいたいと思ってくれているとは限らないわけで…。
関わってほしくないと言われたばかりの立場としては、どう答えていいのかわからない。
「……ゴメン、変な事聞いたね。気にしないで」
「…秋…」
答えない俺の反応をどう捉えたのか、まるで何事もなかったかのように笑った秋は、そのまま横を通り過ぎて歩き去ってしまった。
秋がいてくれたほうが嬉しいに決まってるだろ!…って、本当の気持ちを言えば良かったのか?
もう秋の姿は廊下の曲がり角の向こうへ消えてしまったにも関わらず、消えた先の廊下を眺めたまま溜息を吐いている自分が情けない。
「そんなに切ない顔で何を見てるんだ?」
「!?」
突然耳元で聞こえた声と共に、誰かの手が肩に置かれた。
驚いて勢いよく振り向くと、ぶつかる程の近距離に、どこかで見たことのある人物が立っている。
…この人…どこかで…。
面白そうに俺を見下ろしているその姿。
知り合いじゃないけど、どこかで……………、……あっ…。
「確か、生徒会の人…?」
「はい、正解」
食堂で鷹宮さんに話しかけられた時、俺が生意気にも突っかかってしまった人だった。
あとで真藤達に聞いたら、生徒会副会長の夏川桐生先輩だと教えてくれた。
でも、そんな人がどうして俺に話しかけてくるんだろう。まさか、あの時の失礼な態度が気に入らなくて教育的指導してやる!…とか?
そんな俺の不安な思いとは裏腹に、夏川先輩は秋が歩いていった方向へ視線を向けて普通に話しかけてきた。
「さっきのは黒崎だろ?仲良いの?」
「寮の、同室です」
「…へぇ~…なるほどねぇ…」
そう言って、またしても俺の顔をジロジロと覗きこむように見てくる。
見られているこちらとしては、本当に居心地が悪い。
離れたくても、寄りかかるように肩に手を置かれている状況ではそうもいかない。
「…あの、俺に何か用ですか?」
「そうだな。たった今言いたいことが出来た」
「たった今出来たって…、なんですかそれ」
楽しそうに意味不明な事を言うところは、鷹宮さんと同類かもしれない。
友好的には見えないけれど、敵対的なものも感じられない眼差し。
しいて言えば、好奇心か?
でも、いくら敵対的な雰囲気が感じられないと言っても、ひたすら目の前から見つめられれば逃げたくなってくる。
そろそろ午後の授業も始まる時間だし、夏川先輩は放っておいて教室に戻ろう。
肩に乗っている手から逃れるように身を引いて踵を返す。そして歩き出そうとしたところで、今度はガシッと腕を掴まれてしまった。
「うわっ、ちょっと先輩!離してくだ、」
「副会長命令」
「はい?」
「黒崎とは必要以上に仲良くなるな」
「な…んでそんなこと、命令されなきゃならないんですか」
突然言われた変な命令に驚いて、夏川先輩の顔を見上げる。
冗談だろうと思ったのに、その顔は真剣そのもので…。腕を振り払おうとしていた動きを止めてしまった。
「本気だから」
「……え?」
「京介が珍しく本気みたいだから、俺も応援しようかと思って」
「京介って、鷹宮さんのことですよね?…本気って…、何が、ですか?それと秋に何の関係が…」
「わからなければ別にいい。でも、これだけは覚えておけ。京介は博愛主義者だけど、その分、誰か1人を特別に気に入ることなんてなかったんだ、今までは」
「…あの、それってどういう…」
「忘れるなよ。いま言ったこと全て」
「あ、ちょっと待って下さい、よく意味がわから……って、言い逃げですか…」
言いたい事だけ言いきった夏川先輩は俺の呼び止める声など全く耳に入れず、掴んでいた腕をさっさと離して悠々と歩き去ってしまった。
……台風の目その2…?
混乱して呆然と立ち尽くしていると、午後の授業開始の予鈴チャイムが校舎内に響き渡った。
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