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学園生活33

「…これじゃ帰れないだろ」 「俺が抱いて連れてってやろうか?」 冗談じゃない。 拳を一発叩き込みたくなって右手を握りしめていると、当の本人は俺の怒りなど全く気にもとめない様子で制服のポケットからハンカチを取り出し、背後にある池にそれを浸しはじめる。 ハンカチを持っている意外性に驚いてその行動を見守っていると、水気を絞ったハンカチを片手に俺の足に触れようとしてきた。 さすがに顔が引き攣り、咄嗟に離れようと体を引く。 「何する…っ…!」 「もう何もしねぇよ。アンタの身体を拭くだけだ」 思いもよらない言葉に固まっている間に、その手に持ったハンカチで優しく丁寧に体の汚れが清められていく。火照った体にヒンヤリとした冷たさが心地良い。 あまりにも恥ずかしくて腕を掴んでも動きは止められず、逆にこちらの足を掴まれる始末。 逃げようにも逃げられない状態で、顔を逸らして恥ずかしさにひたすら耐えていたら、いつの間にか全て綺麗にされていた。 最後に、脱がされた制服と下着を渡され、重い身体を動かしてなんとか身支度を整える。 「それで?」 「…それで?…って、なにが」 お互いに暫く黙っていたものの、徐々に気持ちが落ち着いてきた頃合いを見計らったかのように、横で片膝を立てて座りこんでいる宮原が池に視線を向けたまま独り言のように呟いた。 さすがに自分に向けて言われたものだという事はわかったけれど、突然問いかけられてもなんの事か意味がわからない。 だから「何が?」って聞いたのに、呆れたように溜息を吐かれたらいくらなんでも腹がたつ。 「ここに来た理由だよ。何かあったんだろ?って俺が気にしてやってんのに、当の本人が「何が?」じゃねぇだろ」 「…あ…」 池から視線を戻した宮原が面倒くさそうに付け足した言葉に、パカッと口を開けてしまった。 まさか、最初からずっと気にしててくれたのか? 会うたびに意外な部分を見せられて、毎回いろいろな意味で驚いてしまう。 この一見しただけではわからない優しさ。 もう少し態度がまともなら受ける印象は違うだろうに…。 周りから誤解されることも多そうだ。 不愛想で意地悪なのに、不器用な優しさ。 …変なやつ…。 そんな事を考えて、なんだか可笑しくなってきた。 馬鹿だな~とか、もったいないな~とか、でも、本人はこれでいいと思ってるんだろうな~、なんて思ってジワジワと笑いが込み上げてくる。 ここで思いっきり笑ったら反撃を食らいそうだから、声に出さず静かに笑う。 その内になんとなく、宮原に全部を聞いてもらいたい気持ちが湧きおこってきた。 背後の地面に両手を着いて空を見上げる。 紺碧から黒に変わった空の色から、もうすっかり夜になっていた事を知った。 そのまま流れるように向けた視線の先には、俺が話し出すのを静かに待っている様子の宮原がいる。 真面目に俺の答えを待っているその様子に後押しされて、今日までに起きた秋との色んな事を、自分の心情も交えて途切れ途切れに語り始めた。 「………それで、俺が部屋を飛び出して…。北原に言われた事とか、秋の周りへの態度とか、とにかくいろんな事が頭に浮かんで……、俺が友達だと思ってても、きっと秋はそうじゃないんだなって…。…勝手に裏切られた気持ちになった」 自分の本音を他人に言うのって結構気力が必要みたいで、言い終えると同時にドッと疲労感が襲ってきた。 宮原の事だ、きっと「アンタの考えすぎなんじゃねぇの?」とか言うんだろうな。 そんな予想をたてていたのに、実際は、静かな眼差しでこっちを見据えた後、 「馬鹿だな、アンタは」 バッサリと断ち切るような言葉を放った。 「馬鹿って…。…でもまぁその通りだよな…。相手の表面しか見る事が出来なくて、周りに言われてそこでようやく本当の事に気付くなんて…。ほんと、馬鹿だと思う」 なんかもう、何を信じればいいのかわからなくなってくる。 本当の気持ちは違うのかもしれない…、って、全ての人の裏を考えてしまいそうで…、考えれば考えるほど、出てくるのは溜息だけ。 でも、ここのところずっと悩んでいた事をあっさり「馬鹿」の一言で片付けられるのも微妙な気分だ。 これは自分で思いきらないとどうにもならない事だという事は、わかりすぎる程にわかっている。 だからこそ、ここで宮原と話し合う気なんて元から更々ない。 「変な話して悪かったな。でも、少しスッキリした」 誰かに吐き出せただけでじゅうぶん。 こんな訳のわからないモヤモヤを誰かにどうこうしてもらおうなんて思ってないし、他人を巻き込むつもりもない。 これ以上話をする気も、話を聞く気もない事を匂わせる言い方をすれば、宮原の事だ、俺の気持ちを敏感に察知してスルーしてくれるだろう。というよりどちらかというと、面倒くさいとか思って話を終わらせるだろう。 …と、思っていたのに…。 またも予想外の反応が返ってきた。 何故か鋭い目つきになった宮原から、射るように見つめられる。 元々鋭い目つきが、真剣さを増してかなりキツイものになっている。 …どう…して…。 戸惑いに瞳を揺らす俺を見据えた宮原が口を開いた瞬間、一度だけ、心臓が一際大きく鼓動した。 …たぶん、痛い事を言われる…。それは確実な予感。

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