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学園生活35

†  †  †  † 「…となるわけだ。ここは次のテストに出るからしっかり勉強しておけよ」 本日最後の授業。 数学の佐藤先生が、白のチョークで黒板にカツカツと公式を書きこんでいく。 この先生は、自分が黒板に書いて説明を終えると即行でそれを消してしまうから、すぐにノートに書き写さないと後々大変な後悔をする事になる。 窓から入ってくるそよ風を感じてまどろんでいる暇はない。 だからこそ真面目に授業を受けているというのに、先生の声が止んだフとした拍子に昨夜の出来事が脳裏に浮かびだした。 ――――……優しく触れるだけの唇が離れた後、なんとなくお互いに視線を外した。 今のは、してはいけないキスだった気がする…。 どうしてかはわからないけれど、そんな風に思った。 後悔がジワリジワリと胸に湧き起こる。 顔を背けたまま俯いていると、宮原が静かに立ちあがる気配を感じた。 さすがに、そろそろ戻らないとマズイか…。 暫くの間大人しく座っていたせいか、さっきよりもだいぶ体が楽になった気がする。 それでもまだ微妙に力の入らない身体を騙し騙し立ちあがろうとしたら、強い力に腕をグッと掴まれて引き上げられた。 それに支えられながら立ちあがって宮原を見ると、月明かりの中、少しだけ照れくさそうにこっちを見ている視線とぶつかる 「部屋まで送る」 ぶっきらぼうに一言呟かれた言葉に何も返さず、その代わり思いっきり宮原に寄りかかってやった。それが俺なりの「頼む」っていう返事のつもり。 宮原もそれがわかったらしく、そのまま無言で寮まで支えていてくれたけれど、足取りがとても緩く遅かったのは俺の事を気遣ってくれていたんだな…と、後になって気がついた。 ――――――…あれは、夢…じゃないよな、いくらなんでも。 朝起きた時、下半身を中心として全身にむかって鈍い痛みとダルさを感じて、それが全てを思い出させた。 それでも、こうやって普通に授業を受けていると昨夜の事が信じられなくて…。 …結局、あれから今まで秋とは顔を合わせていないし…、精神的に荒れていたとはいえあんな事になってしまって、もう何がなんだかわからない。 「おい、天原。……天原…?」 バシッ! 「いッ!!」 突然何か固い物で後頭部を叩かれた。 途端に昨夜の回想は見事に時の彼方に放り出され、それと同時に視界が開ける。 うわっ! 現実に戻った俺の眼に映ったのは、黒板に書き込まれていた新しい公式だった。 マズイっ、ヤバい!早くしないと消される! 慌ててノートに書き写そうとシャープペンを手に持って必死に黒板を見上げた瞬間、黒板消しを持った佐藤先生が勢い良く全てを消し去ってしまった…。 「…嘘だろ…」 ひたすら茫然。なんというタイミング。 行き場を失ったやる気が溜息と共に流れ出る。 思いっきりへこんでいると、隣からククッと笑いを堪えている声が耳に入ってきた。 暗~い気分のまま横目でジロリと視線を向けた先には、長い定規を片手に肩を震わせている真藤の姿が…。 …コノヤロウ…。 「定規で叩くの癖になってないか?!」 「いや、手だと届かないからしょうがない」 …あぁ、そうか……、 じゃないだろオイ! 本当に父親みたいだよ、最近の真藤は。 公式は写せなかったし痛い目には合うし…、これもみんな宮原のせいだ!…という事にしておこう。八つ当たりでもしないとやってられない。 諦めモードに入り、開いたノートの上シャープペンを放り投げてから再度真藤を見ると、さっきまでのふざけた表情を一変させ、何を考えているのかわからないような真剣な眼差しでこっちを見ていた。 居心地の悪さに思わずモゾッと身動ぐ。 「……な…んだよ…」 何か言いたげな、だけど何も言う気はないような表情。自分の中だけで何かを考えているように見える。 問い掛けると、「別に」とでもいうような感じで肩を竦めて正面を向いてしまった。 気になって更に突っ込んで聞こうと口を開いたけれど、運が悪く、先生が新たな公式を黒板に書き始めてしまった。 さっきの二の舞を演じてまた公式を書き洩らしたら、今度のテストは恐ろしい事になるだろう。 今の俺には真藤に構っている時間の余裕はない! 絶対に後で口を割らせる事を決意し、黙々と黒板の数字をノートに書き写し始めた。 でも、授業が終る頃にはそんな決意もすっかり忘れていて…、気がつけばそのままHRも終了して放課後を迎えていた。

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