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学園生活38
† † † †
side:黒崎
梅雨のせいで、最近は雨ばかり降っている。
昼休みになったと同時に執務実行委員会の部屋へ行き、窓際に立って外の景色を眺めた。
二階に位置するこの部屋からは、一階の渡り廊下が端から端まで見渡せる。
昼休みと言う時間帯もあってか、教室棟と特別棟を繋いでいる渡り廊下を行き来する者は多い。
その声までは聞こえないけれど、人間観察は結構面白いものだ。
眺めているところへ、一人の生徒の姿が視界に映り込んだ。
慌てているのか、走って教室棟へと向かうその人物の手から、何やらノートらしい物が落ちたのが見える。
どうやら本人は落とした事に気がつかないらしく、そのまま走って行こうとするのを、すぐ後ろを歩いていた生徒が呼び止めて落ちたノートを拾いあげた。
会話は聞こえないけれど、なんとなく想像のつくやり取り。
室内で1人、それを見て笑みを浮かべている自分は、はたから見たらかなり怪しいだろう。
声の無いシャドウムービーでも見ている気分だ。
そんな事を思いながら尚も下を見ていると、そこに思わぬ人物が現れた。
「…深…?」
教室棟から特別棟へ向かっているようだ。たぶん、行き先は食堂だろう。
自分と相対している時とは違う様子を垣間見れるのが、なんとなく楽しい。
華奢ではあるが均整のとれた体つき。色素の薄い髪色がよく似合っている。
目元を緩ませながら様子を眺めていると、渡り廊下の中央付近で突然足を止め、まるで誰かに呼び止められたかのように後ろを振り向いた姿が視界に入ってきた。
数秒後、教室棟の方から出てきた誰かが深の横に並ぶ。
深に比べて高い身長と、金色に近い茶色の髪。
…宮原、か…。
思いあたった人物に、それまで綻ばせていた表情も引き締まり、自然と目付きが厳しくなる。
不本意ながらも、この学園の中では家柄と容姿による人気でなんとなくの階級ができている。
その中でも上位の人間だけしか知らない事だが、宮原はヤクザの息子だ。
それも、暴対法により広域指定暴力団とされているかなり大きな組の会長の三男。
世襲制ではない世界だが、有能さを認められている長男が組を継ぐ事で話は決まっているらしい。
宮原本人はあまりお家事情に首を突っ込まず、その世界にどっぷりと浸かっているわけではないらしいけど、それでも危険過ぎて深に近づけたくないと思うのが本音だ。
そこまで考えて、フッと自嘲めいた笑いが零れ出る。
なんだかんだと理由をつけているけど、結局は深に誰かが近づく事がイヤなんだろうな、俺は…。
自分の身勝手さに呆れて短い溜息を吐きながら下の様子を眺めると、並んで歩き出した2人の姿が見えた。
それだけならまだしも、宮原の腕が深に伸ばされたかと思えば、その腰に手を回して思いっきり引き寄せている。
抗う深をものともせずに、そのまま抱き寄せた体勢で特別棟に入ってしまった。
咄嗟に、部屋を飛び出して2人の後を追いたい衝動に駆られて窓際から離れたけれど、自分が行って何かを言える立場でもない事に気付いて足を止めた。
…どうにもならない状況ほど苛立たしい事はない…。
行き場のなくなった気持ちを深い溜息にして思いっきり吐き出した。
Side:黒崎end
† † † †
「眠い…」
真藤達と食堂で夕食を食べ終わったあと、部屋に戻って3人掛け用のソファに寝転がり、じわじわ忍び寄ってくる睡魔と戦う。
食欲が満たされたら今度は睡魔って、人間の三大欲求そのものだな…。
単純過ぎて可笑しくなってくる。
……――――――――――
………――――――――――――
「…だね。同じ部屋じゃなくて良かったよ。理性が抑えられなくなるかもしれないし」
「理性があってもワザと何かする人ですよ、貴方は」
「僕のこと激しく誤解してない?…まぁいいや、それじゃまた来週頼むよ」
「帰るときに周りの人に迷惑かけないで下さいね」
……近くで誰かが何かを話してる…。
暫くしてから扉の閉まる音が聞こえて…、変な夢…。
………夢…?
驚いて目を開けたと同時、近くに人の気配を感じて勢いよく上半身を起こした。
「ゴメン、起こしたかな?」
「…いや、…もしかして俺、寝てた?」
目を瞬かせていると、肩を竦めて笑う秋の姿が視界に入る。
…あのまま寝ちゃったのか…。
壁に掛かっている時計は、すでに21時を示していた。
食堂から戻ったのが19時半だから…、確実に1時間強は寝ていた事になる。
自覚のない睡眠に驚いて眠気も一気に消え去ってしまった。
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