57 / 226

学園生活39

…それにしても…。 「今、誰か来てなかった?」 「…あぁ…、危険人物が約一名、ね」 危険人物って、誰。 にこやかに笑う秋の背後に黒いオーラが見える気がする。あまり突っ込んで聞かない方が良さそうだ。 変な時間に寝てしまったせいか、目が覚めたのにどことなくボンヤリする頭をスッキリさせたくて伸びをする。 秋は…といえば、俺の横の空いたスペースに座り、珍しくテーブルの上に置いてあったテレビのリモコンに手を伸ばして適当に番組を選びはじめた。 少したってから決定されたのは、お笑いコンビが司会を務めているバラエティー番組。 バラエティーなんか見るんだ…。 意外過ぎる光景に目を瞬かせながら横顔を見ていると、その視線を感じたのか不意に秋がこっちを振り向いた。 そして、俺がジーっと見ている事に気がついて僅かに目を見開く。 「な…に…?」 「秋がバラエティー見るのが意外」 「そう?けっこう色んなもの見るけど…。…っていうか、俺が普段どんなもの見てると思ってたの?」 「ニュースとか、NHK大河ドラマとか…、お堅い系」 「なんだそれ。…俺のイメージって…」 おかしそうに笑ってるけど、俺以外の人もそう思ってると思うな、絶対。 秋の意外な一面を発見してテンションを上げていると、何故か秋が「フゥ…」と短く溜息をついて身体ごとこっちに向き直ってきた。 「…な…なに…」 これまでの経験上、こういう時の秋は、たいてい何か微妙な事を言ってくる。 自然と体は引き気味になり、身構えてしまう。 「…意外…で思い出したんだけど。深のことだから、ああいう目に合った相手は避けると思ったんだけど…、仲良いのが意外だった」 「ん?なんの事?」 見据えるように目を眇めた秋の顔が、すごく冷たく見える。 でも、なんの事を言われているのかわからない状態では、何も答えることはできない。 ソファに座ったまま後ろにずり下がると、腰が肘掛けに当たった。もうこれ以上は下がれない。 そこで、秋がある人物の名前を言い放った。 「宮原櫂斗」 「は!?…え…いや、…アイツが…何…?」 なんでここで宮原? ああいう目って…、まさかあの夜の事!? え、なんで知ってるんだよっ。 …あ…違う!アレの事じゃなくて、アッチの件か! 人間って、やましいとアレコレ焦るよな…。 自爆する前に思い出して良かった、図書室で付けられたキスマークの事。 ホッとして思いっきり深い溜息が零れ出た。なんかもう眩暈までしてくる。 「挙動不審」 「違っ、秋が突然変な事言うからだろ!」 「そう?俺はただ、宮原と仲が良いみたいだから意外だって言っただけだよ」 「………」 …確かに…。秋は何も変な事は言ってない。焦った俺のほうが明らかに怪しい。 自分のアホさ加減に頭が痛くなってきた。片手で額を覆って俯きたくもなる。 「そこまで慌てる理由が他にも何かあるんだ?」 「なっ…、ないないないない」 軽い口調の割には突っ込んだ質問に、取れるんじゃないかってぐらい頭を横に振って否定した。 でも、そんな態度を見せれば当たり前だけどもっと怪しまれる。案の定、秋の顔が更に不審げになった。 「…えーっと…、怪しまれてる?」 「思いっきり怪しんでる」 「………」 人間には時として、言える事と言えない事がある。 もちろんあの夜の事は絶対に言えない部類に入る。…いや、言っちゃいけないだろ。 ジーっと見つめてくる秋から視線を逸らして、なんとか誤魔化せないかひたすら考えていると、暫くしてから思いっきり深く溜息を吐かれてしまった。 あまりにも俺が挙動不審過ぎて追求する気も失せた。そんな感じの溜息。 「わかった。今日のところは信じる」 今日のところはって部分が多少引っかかるけど、とにかく今は難を逃れた。でも、 これから先も隠しとおせるかどうか…。不安しかない。 悩んで自棄になっていたとはいえ、いくらなんでも流され過ぎた。 過去の行動を後悔したって無かったことにはできないとわかっていても、この先の事を考えると頭痛しかしない。 飲み物を取りに行く振りをして冷蔵庫へ向かいながら、秋にばれないようにひっそりと溜息を吐き出した。

ともだちにシェアしよう!