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学園生活43
そう予想していたのに、秋から返ってきたのは意外な言葉だった。
「ワザとだよ」
「……は?」
「無意識じゃなくてワザとやってた」
「……」
僅かに目を眇めて言う秋に妙な迫力を感じて暫しの間呆然としていると、そこまで俺が驚くとは思っていなかったのか…表情を緩めて困ったような笑みを向けられた。
「そんなに驚かれると俺も困るんだけど」
「…だって、秋が計算づくでそういう事するとは思えなかったし、なんでそんなこと…」
「どっちかと言ったら素はこっちだよ。普段は模範的な優等生として対応してるから周りの評価はそっちになるだろうけどね。これでも結構腹黒いし清廉潔白でもないんだ」
ビ…ックリした…。
少し世慣れたお坊ちゃん的な奴だとばかり思っていたのに、素は自覚ありの腹黒フェロモン系だなんて…詐欺だ。
「安全圏の位置に置かれたら困るから、多少は…ね…?」
安全圏?…って何が?
ね?と言って可愛らしく首を傾げる秋。
いまいち意味がわからないけど、とりあえず頷いてみた。
距離感が近くなったりスキンシップが多くなったのがわざとだったという事はわかったけど、でも、それが何故かって事まではわからない。俺相手にそんなことして何になるんだ。
基本的に、自分の内側には他人を入れないようにしている秋。
それなのに、こんな行動をする意味は?
きっと、この行動に翻弄されて秋に近づけたとか思っても、たぶんそれはまた俺の勘違いになる…。
無意識に溜息が零れた。
自分が思ってた以上に、秋に対して臆病になっているみたいだ。そして、拒絶の言葉を言われた時の傷跡が残っているらしい。
もうそれでいいじゃないかと思い切ったはずなのに、まだこんな事を考えてしまう自分が女々しすぎる。
自己嫌悪に陥りながらも、とりあえず手を伸ばして秋が全開にしているシャツのボタンを1つずつ留めはじめた。
まずはとにかく落ち着いた気分になりたい。フェロモン放出を押さえなくては…。
「…深…、何してるの?」
「何って…、露出をやめろ」
「…ッ…アハハハ!」
なぜそこで笑う!ボタン留めづらいんだから動くなよ。
腹を抱えて笑う秋っていうのも久し振りに見るけど、今はそれよりもボタンを留めるのが先だ。このままだと俺の血圧が上がりっぱなしになってしまう。
苦しそうに笑いながら腹に当てている秋の手を無理矢理どかして、なんとか全てのボタンを留め終わった。…よしっ。
「あ~苦しい。久々に死ぬほど笑った」
「そういえば秋って笑い上戸だったよな」
「ん?…いや、そんな事はないよ。…あぁ、そうか、そういえば深とは会った最初から大笑いしてたね」
不思議そうに首を傾げる秋に疑問がわく。
もともと笑い上戸じゃないのか?
そういえば最近は、秋が思いっきり笑うところを見ていなかった気がする。
暫しの沈黙のあと、顔を見合わせた瞬間にまた笑われた。
今度はなんだよ!?
「なんで深まで一緒になって首傾げてるの」
「秋が笑い上戸じゃないとか言うから、これまでの事を思い出してたんだよっ」
確かになんで俺までつられて首を傾げてるのか…。きっと傍から見たら物凄く間抜けな光景だったに違いない。
馬鹿っぽい自分の行動に恥ずかしくなってきた。
「あぁもうっ!好きなだけ笑ってればいいだろ!」
「アハハハッ!ご、ごめん、もう笑わないから」
笑いながら言われても説得力ないぞ!
憮然として秋を睨むと、宥めるように髪をクシャッと撫でられる。
「ほら、怒ってないで早く風呂に入ってきたら?明日の朝、寝坊したら襲うよ?」
「襲うってなんだよ!?普通に起こせよ頼むから!」
慌てる俺と、またもや笑いだす秋。
…もういいや、早く風呂に入ろう…。
もはや笑う秋を止める気にもならず放置する事に決めて、部屋付属のバスルームへ向かった。
その際に俺の顔がやつれていたのは仕方がない事だと思う。
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