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学園生活51

コンコンコン 人気のないシンと静まり返った廊下に立ち、いつ見ても重厚そうな雰囲気を漂わせている目の前の扉をノックする。 この厚みでノックしても中に聞こえているのか?という疑問はあるけれど、ノックした後に入って咲哉が何も言わないって事は聞こえているんだろう。 ノックも無しに入ったら普通に怒るだろうし。 「失礼します」 数秒置いてから扉を開けて理事長室に足を踏み入れた。 まだ陽が高いにも関わらず、この部屋だけはいつも静けさと少しの薄暗さに包まれている。 まぁ、理事長室がチャラチャラした雰囲気だったらイヤだから、これはこれでいいけど。 前に来た時と変わらない室内を見まわしてそんな事を考えながら、咲哉のいる一番奥の大きなデスクの前まで足を進めた。 「…で?呼んだのは何?」 俺が入ってきた事に気がついているはずなのに、一度も顔を上げずに仕事をする咲哉の前に立ってぶっきらぼうに話しかけた。 それでも、まだなお顔を上げずに何かを書いている。 自分から呼び出しておいて無視かよ。 相変わらずの態度に目を眇め、デスクを回りこんで咲哉の座っている椅子の横まで移動した。 「咲哉。用がないなら俺帰るけど?」 そこでやっと手が止まる。ようやく用件を言う気になったらしい。 そのまま横に立って大人しく咲哉の言葉を待っていると、突然伸ばされた腕が腰に回された。 「…ちょ…、何…」 慌てて後ろに下がろうとしても、強い力で咲哉に引き寄せられてしまえばそうもいかない。 「なっ…んだよ、離せ」 咄嗟に目の前の肩に手を置いて、それ以上倒れこまないように腕を突っ張らせる。 必死な俺の様子に嘆息した咲哉が、ゆるりと顔を上げた。 いつもは見下ろされているせいか、こうやって座っている咲哉の姿を見下ろすのは、どこか新鮮で不思議な感じがする。 そして、フワッと立ち昇るいつもの森林の香り。いつもの鋭い視線。 何かされるのかと警戒したけれど、どうやらこの体勢のまま動くつもりがない様子に少しだけ肩の力を抜いた。 「終業式を終えて、とりあえず一段落ついた感想は?」 表情は変わらないまま、囁くように問いかけてきた低く深みのある声。 その言葉に、月城に編入してから今日までの日々を思い返す。 イヤな事や困った事、悩んだ事もあったけれど、それでも一言で言えば、 「…思ったよりも楽しかった」 それにつきる。 ちょっとだけ照れくさくなりながらもそう答えると、フッと咲哉の表情が綻んだ。 …っ…詐欺だ詐欺! 今までの無表情から一転したその優しく甘い表情。鋭い眼差しから変化する、穏やかに緩められた目元。 そんなものを間近で見せられたら、慣れている俺だって魅入ってしまう。 でも、こんなの咲哉にしたら序の口だ。 全力でタラシ込もうとしてきたら、いくら俺でもその魅力に抗うのは難しい。 時折、性別問わずに人を魅了する人間がいるが、咲哉はまさにそれだ。 「なんだ、その顔は」 「別に…。っていうか、話はそれだけ?」 一瞬とはいえ見惚れてた事を気付かれたくなくて、無理やり顰めっ面を作って咲哉を見下ろすと、それが気に入らなかったのかまた無表情に戻ってしまった。 不機嫌な咲哉の傍は居心地が悪い。 「もう帰ってい……ッ…!」 腰に回された腕を解いて帰ろうと身を捩った瞬間、突然クルッと景色が回った。 そして何かに背中を打ちつけた衝撃に、一瞬だけ息が詰まる。 視界に映る咲哉の顔と、木目調の天井。 これが意味するのはただ一つ。 咲哉が今まで仕事をしていたデスクに、…押し倒された? 「ちょっ……何して…!」 思わぬ状況に思考が追い付かない。 足をバタつかせて上半身を起こそうとしたけど、両腕を掴まれてデスクに押しつけられてしまえばそれも叶わない。 「咲哉ッ!」 声を荒げて名を呼ぶ俺に覆い被さるように身を乗り出してきた咲哉は、互いの唇が触れるギリギリの距離まで顔を近づけて目元を細めた。 「うるさい。大人しくできないなら、大人しくさせるぞ」 そう言った時の表情が冗談ではない事を物語っていて、俺は一瞬にして口を閉じた。 そして訪れる沈黙。

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