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学園生活52
「………」
「………」
間近で視線を合わせたままお互いにピクリとも動かない。…いや、動けない…。
時が止まってしまったかのように思える中、壁際から微かに聞こえる秒針の音だけがその流れを感じさせる。
けれど、沈黙は長くは続かなかった。
咲哉の顔がゆっくりと肩口に沈められ、その茶色い髪の毛先が頬をくすぐる感触に肩を竦めたのと同時に、柔らかいものが首筋を辿る。
「……っ…」
なんとも言えない感覚に思わず洩れた声に、咲哉がクスリと笑う。
「何して…」
「味見」
その一言で、さっきの妙な感覚は舌で舐められたせいだとわかった。
それで終わると思いきや、更に行為はエスカレートし、先ほど舐められた部分を今度は甘噛みの要領で軽く歯をたてられる。
これにはさすがにビクリと大きく肩が揺れてしまった。
でも絶対に声は出さない。咲哉を喜ばせる行動なんてとってたまるか。
「なんだ…、大人しいな」
「…っ自分が大人しくしろって言ったんだろ?」
「それを素直に聞くお前か?」
鼻先間近で顔を突き合わせ、ニヤリと笑って言う咲哉に口を噤んだ。
どうせ俺は反抗精神旺盛だよっ。
そのまま何も言わずに顔を逸らして横を向く。けれど、すぐに顎を掴まれて元の位置…咲哉を見るように戻された。
「今年の夏のパーティーは、もう去年までみたいには逃げられないぞ」
「……」
一瞬、何の事を言われたのかわからなくて咲哉の顔をまじまじと見つめた。
その直後に意味を理解し、「あぁ」と呻くように言葉をこぼす。
毎年開かれる、各界の著名人や財閥関係者が集う社交界、夏のパーティーの事だ。
今までは、「そんなくだらないパーティーなんか絶対に行きたくない。宏樹 兄と香夏子 姉が出席してるんだから、俺はいいだろ?」と、のらりくらりと逃げてきたけど、さすがにこの学校に編入してきた時から、もう逃げられないだろうな…と覚悟は出来ている。
長男の宏樹兄と長女の香夏子姉は、俺の気持ちを知っているから毎回かばってくれたけど、今年はそうもいかないだろう。
さっき真藤達に夏の予定を聞かれた時も、この事を言いたくなくて誤魔化してしまった。
「…わかってるよ。ここに来ると決めた時から、出席するつもりでいた」
すでに覚悟をしているからそう答えたものの、嫌だという事に変わりはなくて…。自然と眉間にシワが寄る。
天原家の次男というだけで、親年代の人間に媚びられ、同世代からは妬まれたりする状況を思い出すと、想像だけで頭が痛くなる。
「そう嫌な顔をするな。相手を利用するくらいの気持ちで行けばいい。……なんだったら、俺がエスコートしようか?」
掴まれていた顎から指を離されてホッとしたのも束の間、吐息すら触れる距離での咲哉の言葉に更に気が重くなった。
お前にエスコートなんてされたら余計に目立つだろうが!
天原家の次男である俺と西条家の長男である咲哉が一緒にいたら、妙な億足をする奴が絶対に出てくる。
天原家は、長男ではなく次男に継がせるのか?…とかなんとか色々…。
どこにでもくだらない噂好きは存在する。ほんといい加減にしてほしい。
「それだけは勘弁してくれない?宏樹兄に余計な心配をかけたくない」
「たかがそれだけで壊れる立場や関係なら、最初からない方がいい」
「勝手な事言うなよ!エスコート役をお前がやったら、たかがそれだけじゃ済まないだろ!」
「あぁ、済まないかもな。…だが、お前が俺のモノだという事が全員に伝わる」
「なに訳のわからな、ン…ッ…!」
勝手な言い分に反論しようとした瞬間、有無を言わさずに言葉を封じ込められた。
強引な咲哉の唇で…。
「…ン…っ…やめ……ッ…」
頬を咲哉の大きな手で覆われ、重ねられる唇の角度を変えるたびより深くなる口付けに息継ぎさえままならない。
唇を割って入りこんできた舌が縦横無尽に口腔内を絡め取る感覚に翻弄され、思わずその腕にギュッとしがみついた。
そうでもしないと、全てを根こそぎ奪われてしまうような気がして怖くなる。
キスなんて可愛いものじゃない貪るようなそれに必死で抵抗していると、俺の上に覆い被さっている咲哉の体が僅かに動き、その足が膝を割って間に入りこんできた。
お互いに服を着ているとはいえ、その体勢の意味する事を理解して心臓が大きく音を立てる。
「んーッ…!イヤだっ……咲哉!」
無理矢理顔を逸らして自由になった唇から、必死に拒否の言葉を吐き出した。
けれど、それは見事に無視され、背けていた顔を引き戻すようにまた大きな手の平で頬を包み込まれ固定される。
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