74 / 226
夏休み2
† † † †
8月某日。陽も落ちた頃合。
日本国内の名だたる名士が参加する夏のパーティー当日。
国内でトップクラスと言われている某ホテルのポーチには次々と高級車が乗り入れ、上品に着飾った人々がロビーへ吸いこまれるように入っていく。
心なしか、ドアボーイの顔つきにも緊張が漂っているようだ。
咲哉の運転する車の助手席に乗ったまま、のんびりそんな様子を眺める。
オフホワイトを基調とした広く優美なポーチに車を乗り入れた途端、素早く近寄ってドアを開けてくれたドアボーイの姿に、思わずねぎらいの言葉をかけたくなってしまった。
そんな彼に「有難う」とお礼を言いながら助手席から降りようとして、あれ?と気づく。
ここで降りるはずの咲哉が、いまだ運転席にしっかりと座ったまま全く降りる様子を見せない。
「…咲哉、降りないのか?」
駐車場までの運転をスタッフに任せて自分も降りてくるかと思ったのに、何故かまだ運転を続けそうな雰囲気だ。
助手席に横向きに座ったまま足は既にポーチの大理石を踏みしめながらも、いったい咲哉がどうしたいのかわからずに中途半端な体勢で問いかけた。
「親父の車だったら任せたけど、さすがにコイツは可愛くてね。他の奴に任せたくない」
そう言って、ハンドルを軽く叩いた相手の仕草に「あぁ」と、ようやく納得。
自分で駐車場まで運ぶ気らしい。
今日俺が咲哉に乗せてきてもらった車は、西条家所有の車ではなく咲哉個人の車だ。
本当は天原家は天原家だけで、西条家は西条家だけでそれぞれ別に来るはずが、家の前で俺だけ咲哉に拉致られた。
誰も止めなかったのを見ると、俺以外の皆は咲哉が迎えに来る事を知っていたのだろう。
いつもだったら、何するんだよ!ってかなりの抵抗をしたんだろうけど、今回はほぼ無抵抗で咲哉の車に乗り込んだ。
何故かというと、咲哉が所有しているこの車が、『レクサスLFA』だったからだ。
見た瞬間、あまりの衝撃に鼻血を出してもおかしくないくらいに興奮してしまった。
この車は、俺が免許をとってから自分の稼いだお金で買いたいと思っていた車のひとつ。
販売期間たったの2年。ほぼハンドメイドで1日1台しか作れず、結果、生産台数500台のみ。もう絶対に買う事ができない。
それを知った時は、もう少し早く生まれていれば!と本当に悔しい思いをした。
トヨタが「究極の国産スーパーカーを作る!」というコンセプトを掲げて作った、国内最高峰のスポーツカー。
まさか、それを咲哉が所有していたとは知らなかったから、強引に腕を引っ張られた時はムッときたけど、駐車場に止められている車を見た瞬間からピタリと大人しくなった。
自分でも単純で現金だとは思ったけど、こればかりはしょうがない。
「ロビーで待ってろ。すぐに置いてくる」
頷き返してから車を降り、ドアボーイに案内されるままロビーに足を踏み入れた。
今日の俺の格好は、明るいブルーグレーのスーツに、白のドレスシャツ。そして、シルバー色のカマーバンド。
いわゆるファンシータキシードと呼ばれるものだ。
髪は前髪を横分けにして額に垂らしている他は、全て後ろに撫でつけて耳を出している。
『色素が薄いせいで、そういう格好をすると王子様みたいだな』
そう言ってからかうように笑ったのは咲哉だ。
そういう本人も、黒のタキシードに白のシャツ、それにタイをして、カマーバンドは全体に何かの模様が入ったダーク色の物を着けている。
胸板も厚く“大人の男の色気”を全身から漂わせているその姿は、世の男女にとって憧れと映るだろう。
…負けてるよな…、色々な面で…。
そんな事を思いながら、ロビーへ入ってすぐ脇にあった観葉植物の影で足を止めた。
ここなら目立たないし、咲哉もすぐわかるだろ。
軽く壁に背を預けて、同じようにロビーで時間を潰している人達を失礼にならない程度に眺めることにした。
ロビー内は、シックで上品なオフホワイトを基調としたシンプルな感じにまとめられているものの、調度品やソファセットなどはさりげなく豪奢で高級な物だ。
微かにグリーン調の香りがするのは、どこかでアロマが焚かれているのだろう。
その中で集まっている人々は、毎年開催されているパーティーで顔見知りも多いせいか、各所で小さなグループを作り会話を楽しんでいる。
思っていたよりも普通…だな…。
もっとお互いに腹の内を探るような雰囲気だと思っていたのに、意外と和やかでホッとする。
ともだちにシェアしよう!