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夏休み3
気を楽にして人間観察を続けていると、突然、ロビーにいる人達から小さなざわめきが生じた。
皆の視線――特に女性の視線――が全て入口に向けられている。
何か問題でもあったのか?
さすがに気になって、観葉植物の影からチラリと顔を覗かせて皆の視線の先を見てみる。
ちょうど誰かが、ベルボーイの先導でロビーに入ってきたのがわかった。
俺からは、観葉植物が邪魔でその姿まで見る事が出来ない。
どうやら、皆の視線はその人物に向けられているらしい。
女性陣が顔を赤らめているところを見ると、入ってきたのは男性なんだろう。
ここまで女の人の視線を集めるなんて、いったいどういう人物なのか興味が湧いてきた。
行儀が悪いけれど好奇心には勝てず、観葉植物の影から更に顔を覗かせてその人物をよく見ようとした瞬間、
「痛…ッ…」
思いっきり顔に何かがぶつかった。
ぶつかった瞬間に思わず閉じてしまった目を開けると、目の前にスーツを着ている誰かの肩が見える。
この人にぶつかったのか。
謝ろうと顔を上げた先には、笑みを浮かべながら俺を見下ろしている人物、
「…咲哉…」
駐車場から戻ってきた咲哉がいた。
「こんな隅で何をやってるんだお前は」
呆れ半分、苦笑半分の相手には目もくれず、その体越しに入口の方を覗き込んだけれど、そこにはもう誰もいない。
「どうした」
「いや…、咲哉のせいでイイ男を見逃した」
「よくも俺の前でそういう事を平然と言えるな」
「そういう事って何。いいだろ別に」
完全に呆れた口調の咲哉に言い返そうと見上げた瞬間、その背後――ロビーの様子が視界に入ってきた。
…え?…、こっちを…見てる?
さっきまで皆が入口方向へ向けていた視線が、気付けば全てこっちを向いていた。
何がなんだかわからなくて、ひたすら戸惑う。
「さっきから何に気をとられているんだお前は」
「……違…、そうじゃなく………って、お前か!?」
呆れたようにボヤく咲哉に状況を説明しようとその顔を見たところで、ようやく気がついた。
……さっきの視線の先にいたのは、咲哉だったのか…。
全ての謎が繋がったと同時、一気に疲れて脱力感に襲われる。
「……みんな騙されてる…」
知らぬが仏っていうのは、この事だな。
「ん?…訳のわからない事を言ってないでホールに行くぞ。天原さん達も、もう中にいるはずだ」
「あぁ、わかってる」
一瞬だけ不思議そうに俺を見てきた咲哉だけど、すぐに意識を切り替えてキリッとした御曹司の顔になる。
ここからが今日のパーティーの本番。
天原の名前と、俺をエスコートしてくれている咲哉の名前にも傷をつけてはならない。
それは、耳が痛くなるほど父さんに聞かされた言葉。
たかがパーティー、されどパーティー。
一度深く深呼吸をしてから、いまだ纏わりつく視線を意識の隅に追いやり、咲哉と並んでホールへ向かった。
「西条咲哉様、天原深様が御到着されました」
ホールに入る直前、扉前に立っているホテルスタッフに名前を確認されたから何かと思えば…、こういう事か…。
開いた扉からホールに足を踏み入れた瞬間、アナウンスされた自分たちの名前を聞いて意味がわかった。
アナウンスが流れた途端にホール内で発生した僅かなどよめきと、あからさまではないにしろチラリチラリと向けられる視線。
それらには重さや色など付いていないはずなのに、極彩色の塊に体が圧迫されたような感覚を受ける。
「…意外にみんな不躾だな」
これだけ人がいるのに、入ってくる人間をいちいち見ていたらキリがないだろう…と、思わず小声で呟いた言葉に、咲哉が喉奥でクツリと笑った。
「違う。お前の名前のせいだ。初めて姿を現す天原家の次男坊に、みんな興味津々なんだよ」
「なんだそれ…」
どうやら自分が思っていたよりも、皆が天原家に寄せる感心は大きいらしい。
その認識のズレに驚きながらも、あまり周囲に内心を悟られないように平静を装いながら、父さん達を探しに奥へと足を進めた。
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