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夏休み5

並んで歩く俺と咲哉にチラリチラリと向けられる視線の中、ホール内を奥に進んで父親達のいる場所に辿りついた。 「遅くなりました」 談笑している周囲の人達に軽く会釈をしてから父さんに話しかけると、いつものおおらかな微笑み向けられて背中をポンポンっと叩かれる。 42歳という年齢よりも更に5~6歳は若く見える姿。だからと言って、醸し出す風格は年齢に相応しい落ち着きを見せている。端正な容貌に穏やかな空気のジェントルマン。 誰かに言った事はないけれど、こうなれたらいいな…と密かに憧れていたりする。 身長も180近い高さで、宏樹兄が父さんの外見を受け継いでいるのは誰が見ても明らかだ。 でも俺だって父さんの血を継いでいるんだ、希望はあるだろ。…って、自分で自分を励ましてみる…。 ほぼ諦めてるけど。 「深、来たか。咲哉君、この子の世話を押し付けて悪かったね」 「いえ、今回は私の我が侭ですので、お気になさらないで下さい」 普段は見られない、俺様部分を微塵も感じさせず上手く仮面の下に隠した咲哉の姿。 かぶっているのは猫どころか化け猫だろ。それも数百匹分。 突っ込みたくてウズウズする気持ちを押し殺し、控えめな笑みを顔に貼り付けてその場に立つ。 「久し振りだね、咲哉君。さっき西条社長にも挨拶したばかりだよ」 咲哉の隣に立っている恰幅の良いおじさんが、俺に微笑を向けたあと、咲哉に視線を移してにこやかに話しかけている。 きっとどこかの会社の社長とかそういう立場の人なんだろうけど、俺には誰が誰なのかさっぱりわからない。 化け猫を数百匹背中に背負っている咲哉が好青年のまま会話をすすめているのを横目に、周囲の人達に小さく会釈をしてからさりげなくその傍を離れた。 少し離れた場所に、宏樹兄を見つけたからだ。明らかにここよりも居心地が良さそうだ。 ぶつからないように優雅な立ち居振る舞いでゆっくりと人混みをすり抜け、宏樹兄の背後に立つ。 まだ俺の存在に気付いていない様子を見て、ついつい顔がにやける。 「宏樹兄」 背後から小声で呼びかけると、振り向いた顔が僅かに驚きを表した。 「…深。いつ来たんだ?親父には会ったのか?」 瞠目した眼差しを、次の瞬間には柔らかく緩めて笑みを浮かべる宏樹兄に、心がほわりと暖かくなる。 硬派で厳しそうな雰囲気の中にある優しさと、頼りになる鷹揚さを持ち合わせている宏樹兄。 物心ついた時から、この兄の存在がどれほど俺に安心をもたらしてくれたことか。 小さい時なんて、『どんな時でも宏樹兄がいれば大丈夫!』って本気で思ってたくらいだ。 夏休みに入ってから一度も顔を合わせられず、久し振りに会ったその姿が相変わらずの様子で嬉しくなる。 漆黒の髪は耳や襟足に掛からないくらいに短髪で、父親に似た厚みのある体格――欧米人体型…とでも言おうか。 咲哉もそうだけど、こういう体躯の持ち主はスーツがよく似合う。 羨ましくもあり、宏樹兄に会えた嬉しさもあり。自然と顔が緩む。 「父さんには今そこで会った。誰かと話してたから、咲哉を生け贄にしてこっちに来た」 「生け贄…、そうか、…まぁいい。おいで、紹介する。俺の友人達だ。こいつ等ならお前も気を使わずに話せるだろ」 生け贄とまで言われてしまった咲哉に同情したのか、苦笑いを浮かべた宏樹兄に言葉と共に肩を抱かれ、背後からその隣に引き寄せられた。 すると、さっきまでは宏樹兄の身体で見えなかった2人の人物が目の前に現れる。 2人とも興味津々でこっちを見ているけど、それは決して嫌なものではなく、話したくてウズウズしているといった好意的な雰囲気だ。 さっきまで向けられていた、値踏みするような嫌な類の視線じゃない。 「この子が宏樹が溺愛してる弟君か。う~ん、確かに可愛いな」 「一哉(かずや)。同性相手に可愛いはないだろ、失礼だぞ」 隙を見せた瞬間に頭を撫でられそうな勢いの、短髪で茶髪のお兄さん。宏樹兄と同じくガッシリとした体格で、今の会話から“一哉”というのがこの人の名前なんだとわかった。 そして、その一哉さんを嗜めた人は、少し長めのさらさらストーレートの黒髪にシルバーフレームの眼鏡をしている知的な雰囲気の人。和服が似合いそうだ。 宏樹兄も含めて3人とも背は同じくらい高いけど、この和風の人だけは若干体の線が細身に見える。 けれど共通して言えるのは、良い人そうだという事。さすが宏樹兄の友達。 「右側の茶髪が高槻(たかつき)一哉(かずや)、左の黒髪が水無瀬(みなせ)悠一(ゆういち)。2人とも俺の大学時代からの友人だ」 高槻さんにはウインクされ、水無瀬さんには軽く会釈をされた。 俺も笑顔で頭を下げる。 「天原深です。いつも兄がお世話になってます」 そう言った瞬間、「可愛い~!」と、まるで女子高生のような声を上げた高槻さんがその手を伸ばしてきた。 女の子が相手なら照れるだけで終わる行動も、自分よりもガタイの良い男の人がやると妙に迫力がある。

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