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夏休み6

こっちに向かって伸ばされた手を避けようと反射的に体が後退ろうとするも、それより先に宏樹兄の手が高槻さんの手首を掴んで、溜息混じりにその行動を阻止してくれた。 「一哉…、人の弟に軽々しく触れないでもらおうか。深が怯えるだろ」 「怯えるって、俺は猛獣かよ…。別にいいだろ?ちょっと頭を撫でるくらい」 「ダメに決まってる。一哉が触ったら深君が男だろうと妊娠しそうだからな」 水無瀬さんの強烈な言葉に、さすがの高槻さんも両肩を落として項垂れた。 凄い、瞬殺だ。 短い言葉で的確に相手の息の根を止めた水無瀬さんを尊敬の眼差しで見つめる反面、その隣で項垂れている高槻さんがショボンと尻尾を落とした大型犬にも見えて可愛く思ってしまう。 かと思えば、俯いていた顔を上げ、恨みがましい目付きで水無瀬さんをジトーっと睨んでいる。 何も言わないまでもその心情が痛いくらいにわかる表情に、思いっきり吹き出してしまった。 「ブッ…!アハハハハ!た、高槻さん…おかしい!」 こんな場所で大笑いするのはよくないとわかってはいる。だから笑いを抑えようと口元を片手で覆う努力はしたけれど、果たしてそれが役割を果たしているかと聞かれれば……、俺も疑問だ。 まったく笑いを隠せてない。 それどころか逆に、笑いを堪えようとすればするほどドツボにはまっている自分がいる。 そして気づけば、そんな高槻さんを見ていたのは俺だけじゃないようで、宏樹兄と水無瀬さんまで笑いを堪えているような微妙な表情になってしまっていた。 そんな俺達を見て、とうとう憮然とした表情になる高槻さん。 なんだろう…、こんなどうでもいいやりとりが、とても心地良く感じる。 こんなに素敵な人達と出会えるんだったら、もっと早くこのパーティーに出席していれば良かった。 なんて、そんな現金な事を思っていると、不意に俺以外の3人が醸し出す空気に変化が生じた …なに…? あからさまな違いはない。けれど、さっきまでの穏やかな空気は消え、顔に笑みを浮かべてはいるものの、どこかピリっとした気配を感じる。 目の前の二人を眺め、次いで隣に立つ宏樹兄の顔を見上げると、そこで共通した様子を見つけた。 視線だ。3人の視線が、揃いも揃って俺の背後に向けられている。 …後ろ? 何気なく振り向くと、そこには思いも寄らない人物が立っていた。 一瞬、周りのざわめきが耳から遠ざかる。それくらい驚いた。 「…嘘…だろ…。…え…なんで…?」 目を見開いたまま茫然と呟く。 頭の中が真っ白になって、まともな言葉が出てこない。 普通に考えれば、ここにいてもおかしくはない人物だ。 それどころかいない方がおかしいくらい、ここにいて当たり前の人物。 …なんで思いつかなかったんだろう…。 何も考えていなかった自分の浅はかさを思いっきり自覚する。 「…秋…」 小声で呟くと、その声が聞こえたのか秋が微かに笑みを浮かべた。 黒に近いチャコールグレーのスーツが、本当によく似合っている。 いつもは適当にワックスで散らしている黒髪を後ろに撫で付けているせいで、まるで見知らぬ人みたいに雰囲気が変わってしまっている。 大人に混じっても遜色ないような堂々とした立ち姿。 そして、名前を呟いたまま見惚れるように秋を見ていた自分に気付いて、ハッと我に返る。 無理やり視線を外したけれど、俺に見つめられていた当の本人には気付かれただろう。 かなり恥ずかしい。 「あれ?もしかして深君、知り合い?」 俺達の反応を見た高槻さんが、さっきまでの警戒心を薄くして不思議そうに問いかけてきた。 本当のことを答えていいのだろうか。 なんとなく妙な雰囲気に戸惑いを感じて隣に立つ宏樹兄を見上げると、何も言わず、ただ穏やかに俺を見つめる眼差しとぶつかる。 まるで、『俺が見守っているから好きなように行動すればいい』と言ってくれているみたいだ。 そして実際に、宏樹兄の心情はその通りなんだろう。 背中を守りながらも後押ししてくれる宏樹兄に安心感を覚え、高槻さんと水無瀬さんに向き直った。 「俺と秋は、同じ学校の同級生で、寮の同室者なんです」 そう答えると、俺の顔に穴が開くんじゃないかと思うくらいに驚愕の眼差しを向けられてしまった。 そこまで驚く…? あまりに大きな反応の理由がよくわからないまま2人の顔を交互に見つめていると、背後にいた秋がいつもと変わらぬ穏やかな声を発した。 「歓談しているところ申し訳ないですが、少しの間、深君をお借りしても宜しいですか?」 宏樹兄と高槻さんと水無瀬さんを順に見回した後、最後にもう一度宏樹兄に視線を留めて言った秋の言葉に、心臓が大きく音を立てる。

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