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夏休み7
数週間前まではいつも同じ部屋で過ごしていたはずなのに、まるで何年も会っていなかった人みたいに緊張する。
秋の言葉を聞いた宏樹兄が、それには返事をせず俺に視線を向けてきた事に気付いて、その胸の内を読み取り小さく頷いた。
「…行ってくる」
反対される事はないにしろ、さっきまでの妙な雰囲気を思い出してしまえばやはり不安になる気持ちを抱えてそう言うと、宏樹兄は双眸を優しく緩めて頷いてくれた。
「何かあれば携帯を鳴らすから、こっちの事は気にしないで行ってこい」
今までずっと俺の肩に乗せられていた腕が離れる。
その温もりがなくなった瞬間、ようやく気がついた。
意味はなく、ただ何となく肩を抱かれているのかと思っていたけれど、きっと宏樹兄は、このパーティーに来る事になった俺の不安な気持ちに気付いていたんだ。
だから、ずっと肩を抱き寄せてくれていたのだと。
言葉では何も言わないけれど、いつもこうやってさりげなく守ってくれる宏樹兄。
泣きたくなる程の優しさに心の中で感謝すると、高槻さんと水無瀬さんに軽く会釈をしてから、先に歩き出した秋の後を追ってその場から歩きだした。
side:北原
『西条咲哉様、天原深様が御到着されました』
天原…深!?
北原春香は、ホール内に響き渡ったアナウンスに耳を疑った。
どういうこと?同性同名だよね?アイツがここに来るはずがない。来れるはずがない!
強張りそうになる顔を、なんとかポーカーフェイスでにこやかに保ちながら自分を落ち着かせていると、それまで話をしていた友人の1人が驚いたような声を発した。
「おい、北原ッ。…あいつ…天原だ、間違いない!」
そう言った友人の視線の先に、嫌になるほど見覚えのある姿が目に入る。
その横には西条理事長。
…西条理事長が天原家と親類だっていうのは聞いたことがある。その理事長にエスコートされてるって事は…アイツは…あの天原家の人間…。それも、ここに来るってことは直系の人間…。
信じたくない考えに行き当たる。
天原って名字に疑問を持たなかったわけじゃない。でも、天原家の人間が編入してくるなら大騒ぎになるはず。それが誰も何も言わないから、名字が同じだけの一般人、もしくは、天原家の人間だとしても、一般人と同じくらいの位置にいる遠縁レベルだと思っていたのに…。
今までは、一般人が黒崎君に近づくなんて許さない!って天原を非難していたけど、これからはそうもいかなくなるって事?
逆に、アイツより僕のほうが格下になるの!?
…そんなこと…信じたくないっ…!
思いも寄らなかった事実に、身体が震える。
少しでも気を抜いたら叫び出してしまいそうだ。
「北原…。悪いけど、あいつが天原の直系だっていうなら、俺はもうあいつを悪く言う事はできないよ…」
さっきまで僕に媚びるようにくっついていた1人が、そう言って手の平を返したように足早に立ち去っていった。
このパーティーには、月城学園の生徒が多数出席している。
今の奴も、そのうちの1人だ。
これまでは僕と一緒になって天原の悪口を周りに言いふらしていたくせに、自分の立場が悪くなると思った途端に態度をひるがえす。
そんな使えない奴、こっちから願い下げだ!
腹立たしさに唇をギュッと噛み締めた。
「春香。…アイツが誰であろうと、俺達はアナタの味方ですよ」
その声に顔を上げると、園宮と大城が忌々しそうな眼差しで天原の後ろ姿を見ていた。
家柄を重視する2人だけど、付き合いの長い僕の事は裏切らないはず。
この前は前嶋に邪魔されたものの、園宮と大城がいれば、黒崎君とアイツを引き離すことができる。
…絶対に…。
そう思うと、少しだけ心に余裕が生まれてきた。
今度は何をしてあげようかな…。
次なる作戦に思考を巡らせていると、目の前に誰かが立った。
「北原氏の…家元のご子息でいらっしゃいますね?お会い出来て光栄です」
そう言って会釈する相手に、咄嗟に笑みを返す。
そうだ…、今はアイツに気を取られている場合じゃない。コネをたくさん作っておかないと…。
気を取りなおし、先ほどまでの怒りを心に押し込めて満面の笑みで相手に向きなおった。
side:北原end
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