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夏休み9

暫くの間、そんな俺の様子を静かに見ていた秋だけど、一瞬言い淀むような素振りを見せた後、口を開いた。 そして、そこで語られた内容に、自分の認識の甘さを痛烈に思い知らされた。 「天原家と黒崎家が、事業の種類は違うけどお互いライバル関係にあるって事は知ってる?」 「え?…ライバル…関係?」 「と言っても、敵視してるのはうちの父の方だけどね」 不穏な言葉にギョッとして視線を上げると、秋の顔は至って真剣で、冗談を言っている雰囲気は欠片も無い。 秋の父親が天原を敵視している…という事は、ライバル関係なんて言葉を使ったけど、言い方を変えれば『仲が悪い』という事になるんじゃないのか? 嘘だろ…と絶句しているうちに、先程のホールでの光景が頭に浮かんだ。 秋と俺が知り合いだと知って驚いていた高槻さんと水無瀬さん。 何かを警戒するような微妙な雰囲気。 …あれは、そういう事だったのか…。 だからこそ秋は、あの場で話をせずに人目につかないここまで来たんだ…。 全てが繋がる。 「…もしかして、俺達がこうやって2人でいる事を周りに知られたらまずいって事?」 「まずいと言うか…噂になるだろうね。黒崎家と天原家の次男同士の関係やいかに!?…みたいな」 茶化すように言って笑う秋。 でも、俺は笑えない。 学校でもそうだけど、俺と秋との間には、自分でどうこう出来る範囲を超えた何かの障害が多過ぎる気がする。 …親しくするのが間違いだって…、誰かにそう言われているみたいだ…。 「深。いま何か変な事考えてるだろ?」 「痛ッ…!」 俯き気味に考えていると、額に感じた小さな痛みと秋の声。 デコピン…。 「俺達は俺達だよ。親族の前では親しく話せないかもしれないけど、でも、それだけの事。俺と深の関係が変わるわけじゃない」 「…秋…」 ハッキリとした意思を持った秋の言葉に、肩の力が抜けた。 家同士がなんであろうと、俺達自身はまだ普通の高校生なんだって事、忘れるところだった。 俺と秋の関係は二人で作るものだ。家同士のいざこざは関係ない。 秋から視線を外してホッと溜息を吐き出す。幾分か気持ちが落ち着いた。 ネガティブな方向にばかり考えてしまう自分を、もう少しなんとかしないとダメだな。 そんな風に思っていると、突然、今度は何の前触れもなく強い力でグッと手首を掴まれた。 驚いて顔を上げた先、手首を掴んでいる当の本人は何事もないような表情でこっちを見ている。 「…離せよ」 「何が?」 「何が…って、これ…」 とぼける秋に、掴まれたままの手を持ち上げて揺らして見せる。 わかったら離せ…と軽く睨みつけると、秋は何を思ったのか、掴んでいる俺の手首をそのまま自分の口元に近づけて……。 「なっ…!…馬鹿…何して…ッ!」 手の甲に暖かな唇を押し付けられた。そしてチロリと舌先で舐められる。 触れられた部分から妙な痺れが広がった。 小さな衝撃に肩をビクッと震わせるも、このままにしていたら痺れが全身に広がりそうで怖くなり、慌てて手を振り解こうと力を込める。 けれど、今度はさっきみたいに簡単には離してもらえなかった。 ゆっくりと、まるで俺に見せ付けるみたいに唇を離した秋が、珍しくも人の悪そうなニヤリとした笑みを浮かべて目線を上げる。 なんでこんな事をするのか意味がわからないまま、挑戦的な目付きの秋を呆然と見ていると…、 ガチャ… ノブの回る小さな音と共に、それまでの濃密な雰囲気を払拭するかの如く扉が開いた。 途端に、室内に入り込んでくる外の空気。 そして、そこに姿を現す悠然とした態度の人物。 「……咲哉…」 なんで…。 茫然と名前を呟くも、咲哉の視線が秋に掴まれた俺の手首に向けられている事に気がついて、全身からドッと冷や汗が吹き出た。 絶対にマズイ、本気でマズイッ…。 咲哉の顔は、一見した感じでは無表情に見えるものの、俺にはわかる…、めちゃくちゃ不機嫌だと…。 「こんばんは、理事長。見ての通り今は取り込み中ですので、できればお引取り願いたいのですが」 俺の手首を掴んだまま、咲哉を見て笑みを浮かべながら挨拶する秋。 怖い。怖いよこの人達…。なんだよこの好戦的な空気…。 咲哉と秋の間に、ピシッと緊張した一本の線が感じられる。 その間に立っている俺はたまったものじゃない。 あまり2人を刺激しないように、秋に掴まれている腕を取り戻そうと小さな力で自分に引き寄せてみたけれど、それに気付いた秋が咲哉に視線を向けたまま更に強い力で掴み直してくる。

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