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夏休み10

俺達の間で繰り広げられる、さりげない攻防戦。 それを止めたのは、やっぱりというかなんというか…、咲哉の一声だった。 「残念だけどな、黒崎。こいつの今日のエスコート役は俺だ。何も言わず連れ回すのはやめてもらおうか」 秋を見据える力強い眼差しには“俺のモノに手を出すな”と言いた気な色が浮かんでいる。 エスコート役の立場もわかるけど、でもまるで俺が昨夜の所有物のような物言いには苛立ちを感じる。 離してもらえない手首は諦めて咲哉に向き直ると、それに気がついたのか、咲哉も秋に向けていた視線をチラリとこちらに投げかけてくる。 その目が“何をやっているんだお前は”と訴えてくるけど、そんなのは無視だ。 「俺に用があるんだろ?何?」 これ以上秋に被害がいく前に、さっさと話を済ませたい。そんな思いで、2人の好戦的な空気が出来ている中に割り込むように口を挟んだ。 けれど、それが失敗だった。 その言葉を待っていたとばかりに、咲哉の顔に笑みが浮かぶ。 「そう、用があるのは黒崎にじゃなくお前だ。連れ戻しにきた。早く来い」 「連れ戻しに来たって…。べつにずっと咲哉といなくてもいいだろ?」 「天原さんがお前を探してる。今日は学校のパーティーじゃないんだ、我が儘も程々にしておけ」 「……っ…」 反論しようのない正論に、グッと奥歯を噛みしめた。 わかっていたはずなのに、秋に会って浮かれてしまっていた自分に気がつく。 「…わかってる。……秋、ごめん、俺もう行くよ」 前半部分は咲哉に向けて、後半部分は秋に向けて呟くと、さすがの秋も厳しい咲哉の言葉には何も返さず、無表情のまま俺の手首を離してくれた。 それを確認した咲哉は、扉を開けて通路へと出て行く。 これ以上何も言わなくとも俺が着いていくという事がわかっている行動だ。 ここで更なる駄々を捏ねる程、俺が子供だとは思っていないらしい。 秋と離れたくないけれど、今日ばかりはどうにもできない。 自分のやりたいままに好きに行動できたらどんなにいいか…。 そう出来ない事が悔しくて唇を噛み締めていると、ポンッと背中を押された。 振り向いた先には秋の穏やかな顔。 「大丈夫。俺も少ししたらここを出るよ」 こんな事でへこんでいる場合じゃない。 意地でも笑顔を顔に貼り付ける。悔しそうな顔なんか咲哉に見せてやるものか。 秋に頷き返し、控え室の外で待っている咲哉と肩を並べて通路を歩きだした。 さっきまでの俺と雰囲気が違うことに気がついたのだろう、咲哉が(おや?)という表情でこっちを見てきたけど、それには気付かない振りをして平然と足を進めた。 ホールに戻って父親のいる場所へ辿り着くと、最初に来た時とは違う別の壮年男性が横に立ち、楽しげに会話を交わしていた。 俺と咲哉が揃って顔を出した瞬間、その男性はそれまでの会話をピタリと止め(誰かな?)といった表情で見つめてくる。 どうやら咲哉の事は知っているようで、すぐに気付くと「久し振りじゃないか」と挨拶を交わしだす。 「篠原さんとは初めて顔を会わすと思うが、これがうちの次男の深。…深、こちらは友人の篠原さんだ」 俺の肩を軽く叩きながら言った父さんの言葉に、その男性――篠原氏は一気に相好を崩した。 「おぉ、君が深君か!いやいや、天原家の噂の秘蔵っ子だね。これからが楽しみだ。宜しく頼むよ」 「初めまして、天原深です。宜しくお願いします」 満足そうに「うんうん」と頷いている篠原氏に頭を下げ、笑顔で挨拶を交わす。 そしてまた父さんと二人、先程止めた会話を再開した様子を見て、バレないように小さく首を傾げた。 ……このオジさん、誰だ? 父さんの友人で篠原という苗字なのはわかったけれど、いったいどんな立場の人なのかがさっぱりわからない。 隣に立っている咲哉をチラリと横目で見て、無言のまま視線だけで疑問をぶつける。 その視線の意味を理解してくれたらしい咲哉は、僅かに身を屈めて俺だけに聞こえるように「篠原製薬の社長だ」と耳打ちしてくれた。 …なるほど…。そういえば、天原の取引先にそんな会社があった気がする…。 俺が納得したのを見た咲哉は、目の前で交わされている会話の中にどうやら興味深い話があったようで、早速その中に混じって疑問を問いかけ始めた。 三人が和やかに談笑する中、ふと視界の端に何かが映った気がして視線を流す。 その先には、控え室から戻ってきたのだろう秋、そしてもう1人…、秋の腕にピタリと寄り添うようにくっつく北原の姿があった。 …な…んで、北原が…。

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