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夏休み11

俺に対している時とは違う、嬉しそうで幸せそうな笑顔を浮かべている北原と、そんな北原を優しげな眼差しで見ている秋。 北原の言葉に、時々頷きながら楽しそうに笑っているその姿。 端から見るとまるで、気を許し合った親しい友人同士に見える。 実際そうなのかもしれないけど…、2人が仲良さげであればあるほど、心の中に重く冷たい何かが降り積もっていく。 今まであまり感じた事のない、落ち着かない気持ち。 上手く息ができなくなるような、重苦しい妙な感覚。 「どうした?」 「…え…?」 訝しげな咲哉の声で我に返った。 無意識に、片手で喉元を押さえていた自分に気がつく。 …何やってるんだよ俺は。 沈みかけていた自分に溜息を吐きかけたけど、横から怪訝な表情を向けてくる咲哉に気付いて表情を引き締めた。ポーカーフェイスで首を横に振る。 「なんでもない」 「…ならいいが…。9月からは、学校でのお前の立場が変わる事を理解しておけ」 「変わるって…、なんで…」 「なんで…って、気付いてないのか?ここに、月城の生徒が何人も参加している。お前が天原の直系だとわかった時点で、手の平を返したように態度が豹変する奴が何人も出てくるはずだ」 「…っ…それは…」 北原の姿を見つけた時点で、きっと他にも月城の生徒がいるんだろうな…とは思った。 けれど、俺が天原の直系だとわかったからって態度が豹変するって…、なんだよそれ。 思わず顔を歪めた。 「…それって結局、俺っていう個人を見てるわけじゃないって事だよな…」 俺が何かをしたから嫌がらせをするのではなく、俺が何か良いことをしたから誉めるのではなく、すべては家柄で対応が変わる。 俺個人の行動なんてどうでもいいのか…。 湧きあがる理不尽な思い。 格下には鼻で笑い、格上には媚びる。 家柄がものを言うのはわかってる。嫌という程。 でも、人として付き合うのにそれがそんなに大切なのかよ!! そう叫び出したい気持ちを、グッと握り締めた拳におさめて堪えた。 「その中から、信じられる相手を探し出すのがお前自身の力だ。…そして、それが見つけられなかった時点で、お前の力はその程度のものだとわかる」 その言葉にハッとして隣を見上げると、咲哉がニヤリとした挑戦的な笑みを浮かべて俺を見ていた。 悔しいけど、咲哉の言う通りだ。 自分の周りに集う人間は、自分自身を映し出す鏡だと言う。 どうしようもない人間ばかりが周りに集っている人は、その人自身もどうしようもない人間で。 逆に、惚れ惚れするような素敵な人が周りに集っている人は、その人自身が素敵な人だという事。 今はまだ無理でも、信頼できる人間が周りに集ってくれるような人間になれ…と、咲哉が言いたいのはまさにそれなんだろう。 「…わかってる」 「それならいい」 短い返事の中に伝わるものを感じ取ってくれたのか、頷いた咲哉の目元が僅かに和らいだ。 俺達がそんなやりとりをしている間も、父さんは入れ替わり立ち代わり来る人達と和やかに談笑している。 チラリと見下ろした腕時計は、もうパーティーの終盤を示していた。 あともう少しで終わる…。 この数時間で、少しだけだけど自分の中に得るものがあった。 たぶん、今はそれで充分だと思う。 自分という基盤をしっかり地道に固めながら、咲哉とか宏樹兄みたいになれればいい。 …頑張ろう…。 心の中でそう固く決意し、目の前で繰り広げられる様々な会話に大人しく耳を傾ける。 そして、残り僅かな夜の時間がゆっくりと過ぎ去っていった。

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