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夏休み14
† † † †
8月末日。
いよいよ今日で夏休みも終わる。
長いように思っても、実際終わってみるとあっという間だった気がする。
お昼には寮へ戻ろうと決めていて、早朝から起きてごそごそと荷造りを開始し、9時を過ぎる頃にはもう全ての支度が終わってしまった。
帰ってきた時同様、やはりバッグはパンパンに膨らんでしまっている。
またこれを持って山の奥か…。
寮へ戻るまでの事を考えるだけで疲労感に襲われながら、バッグを肩に担いで部屋から出た。
廊下を進んで階段の下り口まで辿り着いた時、ちょうど階下から二階へ上がってきた宏樹兄と遭遇。
「なんだ。もう行くのか?」
「うん。昼には向こうに戻っていたいから」
そう言うと、宏樹兄が僅かに残念そうな表情を浮かべる。
それを見て嬉しくなる俺って、かなりのブラコンかも。
でも、せっかく夏休みで家に帰ってきたのに、宏樹兄が忙しくて全然会えなかったんだから、ブラコンだと思われようが別れが寂しいのは仕方がない。
そんな事を考えていると、突然バッグを掛けていた肩が軽くなった。
何事かと振り向いた先で、宏樹兄が俺のバッグを手にして自分の肩に担ぎなおしている姿が…。
「今日は俺が学園まで乗せていく」
「えっ、仕事は!?」
思わぬ事態についつい興奮して宏樹兄の二の腕をガシッと掴むと、そんな俺の態度を子供っぽいとでも思ったのか、フッと可笑しそうに笑われた。
さすがに恥ずかしい。でもしょうがない、本当に驚いたんだから。
「ほら、口をとがらせてないで行くぞ」
「だ、誰が口をとがらせたんだよ!」
あくまでも子供扱いをしてくる宏樹兄に言い返しても、当の本人は何食わぬ顔をしてさっさと階段を下りていってしまう。
慌ててその後を追って階段を下り辿り着いた玄関先では、香夏子姉も待っていた。
「また年末まで会えないのね…。寂しいわ」
「3ヶ月半なんてあっという間だよ。またすぐに帰ってくるから」
本当に寂しそうに言う香夏子姉を優しく抱きしめて頬にキスをすると、香夏子姉からもキスが返ってきた。
なんだかそれが少しだけくすぐったい。
「渋滞に巻き込まれる前に行くぞ」
「あ、待って宏樹兄。…それじゃ香夏子姉、またな。父さんと母さんにも宜しく」
「うん。体調崩さないように気をつけてね。いってらっしゃい」
「いってきます!」
手を振る香夏子姉に片手を上げて挨拶してから、先に出ていった宏樹兄の後を追って玄関を出た。
家を出てから1時間半。
宏樹兄の運転する白のアウディは、乗っている人間に少しの荷重も与えず滑らかに停車した。
停車した車の斜め前方には、アールヌーヴォー調の見慣れた大きな門がある。
【私立月城学園】
門と繋がっているレンガ造りの塀に据え付けられたプレート。
重々しくて黒い、でも文字がゴールドという妙にゴージャスなこのプレートを見ると、なんとなく懐かしい気分になる。
門の前には、帰省から戻ってきたのだろう車が他にも数台停まっていて、やっぱり同じように大きなバッグを車から引っ張り出している生徒達がいる。
なかには手ぶらの生徒もいるが、持って帰らなかったのか別便で送ったのか…。ちょっと羨ましい。
「お前が月城へ通うと決まった時は内心かなり心配したが…、とりあえず大丈夫そうで安心した。楽しんでこい」
「うん。まぁ、いろいろあるけど…楽しいよ。高槻さんと水無瀬さんにも宜しく言っておいて」
「あぁ、伝えておく」
「それじゃ、行ってきます」
閉めたドアの窓越しに手を振ると車はゆっくり走りだし、そしてその姿は見えなくなった。
ホームシックではないけど、別れの瞬間っていうのはいつも寂しい気持ちを運んでくる。
宏樹兄の去った後をボーっと見ている間に、さっきまでいた数人の生徒達はもう寮に向かってしまったらしく、気付けば誰もいなくなっていた。
「…よし、行くか」
短く息を吐き出して重いバッグを肩に掛けなおすと、帰省してくる生徒達の為に開かれたままになっている門をくぐって寮に足を向けた。
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