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夏休み15
一ケ月ちょっと振りに目にする寮自室の扉。
厚みのある木製の扉の前に立ち、夏休み前の光景を脳裏に思い浮かべる。
この扉の鍵を秋がかけたんだよな…。
その時に感じた妙に寂しい気持ち。そんな事まで思い出される。
あの時は一ヶ月が長いと思っていたけど、今ここに立つと、まるで昨日の事のように感じるから不思議だ。
「あれ?天原どうした?…まさか、鍵なくした?」
「…ん…?」
背後からかけられた声に振り向くと、俺と同じように大きなバッグを肩にかけて立っている前嶋がいた。
自分の部屋へ向かう途中で俺に気がついたといった様子だ。
…うん。部屋の前でボーっと立ってればそう思うよな。
前嶋の不思議そうな表情を見て、そこに気が付く。
「いや、今から入ろうとしてたとこ。前嶋も今帰ってきたのか?」
「うん、今帰ってきた。でも帰って早々に天原に会えるなんて幸先いいな~」
「幸先いいってなんだよ」
物凄く嬉しそうな表情からして本気で言っている事がわかる前嶋の様子に、顔が引き攣る。
「あ、何その“コイツおかしい…”って顔」
「おぉ、正解!」
「た~か~は~ら~」
「…ック…、アハハハッ」
恨みがましい目付きでジトーっと見つめられて、堪えきれずに吹き出した。
なんか可愛いところがあるんだよな、前嶋は。
外見に似合わない拗ねた様子が更なる笑いを誘う。
その笑いをおさえる努力もしないまま遠慮なく笑っていると、廊下の向こうから何かが近づいてくるパタパタと走る音が聞こえてきた。
更に、聞き覚えのある声も…。
「あ~!前嶋君ずるいー!僕よりも先に深君に会うなんて許されないんだからーっ!」
「それはどういう思考回路だ宮本。天原はお前のものじゃないぞ」
本気で怒ってるのか楽しんでいるのか判断のつかない声と、それを嗜める呆れたような声。
薫と真藤だ。
勢い良く走ってくる薫と、その後方、少し遅れてのんびりと歩いてくる真藤。
相変わらず対照的な様子の2人。
そして、突撃してきた薫のタックルをくらう俺。
前嶋に突撃するのかと思って油断してた。
「ぅッ!?」
「深君の捕獲完了~。お帰り~!」
「た、ただいま…」
いくら薫の方が小さいからと言っても、ダッシュからのタックルはかなりの衝撃がある。
勢いよく抱きつかれて思わずよろめいた俺の背中を、前嶋が咄嗟に片手で支えてくれた。
「悪い」
「いやいや、薫ちゃんの猛攻撃に耐えられなかったら、いくらでも俺が支えてやるから!」
「…へぇ~…、そういう事言っちゃうんだ~…」
「………」
調子良くヘラヘラしていた前嶋の顔が、薫の一睨みで固まる。
蛇に睨まれた蛙?
そんな2人を交互に見ていると、突然、腰に張り付いていた薫がベリッと音がしそうな勢いで遠ざかった。
解放された事にホッとしながらもいったい何が起きたのかと視線を上げた先には、真藤に首根っこを掴まれた薫の姿が…。
「ッフ…!」
「ブッ!ハハハハッ!」
吹き出した俺と爆笑する前嶋。
ジタバタと暴れる薫を渋い表情で見ている真藤は、相も変わらず冷静だ。
真藤最強。
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
猛獣使いならぬ薫使いのその姿を感心しながら見ていると、暴れる薫の襟首を掴んだままズルズルと引き摺って真藤が歩き出した。
「2人とも帰ってきた早々なのに悪いな。この危険物を部屋に閉じ込めてくる。また後で」
片手で薫を引き摺ったまま、もう片方の手を上げて悠々と去って行く真藤を、残された俺達はただひたすら眺め…、
「…子猫と飼い主?」
「いやいや、あれは猛獣と猛獣使いでしょう」
立ち尽くしたままボソッと呟いた。
真藤と薫が去ってすぐ、前嶋も荷物を抱えて自室へ戻って行ったのを見送ってから、ようやく目の前の扉を開けて部屋に入る。
久し振りに足を踏み入れた室内は、なんだか微妙な埃っぽさを感じる。
「…やっぱり誰も生活してないと空気も荒むな…」
空調がきいているおかげで暑くはないものの、人の気配が消え去った部屋の中はあまり気持ちが良いものじゃない。湿度が少ないっていうのとも違う、乾いた空気。
シンとした静寂が嫌で、わざと物音を立てながら荷物を抱えてベッドルームに向かい、さっそく服やら何やらを取り出して片付ける事にした。
「あ、しまった…、シワになってる」
詰める時のたたみ方が悪かったらしく、私服のシャツにシワがついてしまっている。
すぐに着るものじゃないから別にいいけど、この大雑把なところが時々自分でも情けない。
諦めてハンガーに掛け、ベッドルーム奥のクローゼットにしまった。
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