89 / 226
夏休み17
「天原は?何か変わった事あった?」
真藤をジーッと見ていると、目の前から身を乗り出してきた前嶋が、好奇心のせいか瞳をキラキラさせて聞いてくる。
若干気圧されながら、例のパーティー…――夏のパーティーを思い出す。
でも、あれは言わない方がいいよな。
そう判断して首を横に振る。
「俺も特に何もなかったよ。普通に終わったって感じ」
何気なく言った、…はずなのに、突如として薫の目が剣呑に細められた。
な…、何か変な事言ったか!?
メデューサに睨まれて石化したみたいに身動きがとれなくなる。
「いま、微妙~な微妙~な間があった…。怪しい…、ものすごく怪しい」
「怪しくない怪しくない。本当に何もなかったからっ」
「…ふぅ~ん…、へぇ~…そうなんだぁ…」
怖いよ薫!明らかに納得していない様子で頷かれても怖いだけだから!
眇められた両目に睨まれるように見つめられて、気分はもう『蛙』だ。『蛇に睨まれた蛙』
そういえばメデューサの髪の毛も蛇だったような?
もう薫は蛇という事でいいんじゃないか!?
動揺しているせいで訳のわからない事を考えてしまう。
これ以上薫の視線に晒されて詳細を追求される前に、部屋へ戻りたい。うん、そうしよう。
逃げ一択で腰を浮かせようとしたその時、微かに食堂内がざわついた事に気が付いて動きを止めた。
食堂内がざわつくこのパターンは、前にもあった気がする。
イヤ~な予感に恐る恐る視線を上げると、その先には、想像していた人物とは違う姿があった。
…嘘…。絶対に鷹宮さんだと思ったのに…。
今まで食堂では一度も顔を合わせた事がない相手。そしてその隣には、楽しそうに上機嫌な笑みを浮べているもう1人の人物もいる。
「あれ~?珍しい~」
「…ふぅーん…、相変わらずご執心だねー」
いつもと変わらない薫の態度とは違い、食堂に入ってきた2人を見た前嶋の目が鋭くなった。
普段のおちゃらけた雰囲気とは真逆のその様子に少し驚いたけど、それ以上に、連れ立って来た二人に意識が向かってしまう。
「…黒崎と北原か…」
隣でボソっと呟く真藤の声を聞いて、呪縛から解かれたように我に返って2人から視線を切り離した。
パーティーの時にも感じた、キリキリする変な胸の痛み。
…なんだよ、これ…。
液体の鉛を飲み込んだかのように重い喉元の感覚に、自然と手がその部分を撫でるように触ってしまう。
その時、不意に真藤が立ち上がった。
「もう食べ終わったんだろ?行くぞ」
そう言って、自分の分のトレーだけならいざ知らず、俺の分のトレーまで一緒に持ってさっさと歩きだすその姿。
まるで、俺が感じている居心地の悪さを知っているかのような行動。
意識してやっているのか無意識なのかわからないけれど、この絶妙なタイミングの行動にいつも助けられている。
「ほら、ボーっとしない。置いてくよ?」
「そうそう。時間には限りがあるんだから、ボーっとしてる暇は無いぞー」
そして、真藤と同じように支えてくれるこの2人。
交互に顔を見たら、ニコーっと微笑まれた。
本当に、感謝してもし足りないよ。
込み上げてくる嬉しさを噛みしめながら歩き出すと同時、両側から背中をポンッと叩かれる。
俺も親愛のお返しに叩き返そうかと両脇を見ると、
…すでにそこは戦場と化していた…。
「あぁ~!深君に気安く触らないでよ~!」
「なんで天原に触って薫ちゃんに怒られなきゃならないんだよ!」
「そんなの深君が僕のものだからに決まってるでしょ~!全くホントに油断も隙もないんだからっ!」
「待て待て待て待て。いったい俺がいつから薫のものになったんだよ」
放っておくとどこまでもエキサイトしていく内容に口元が引き攣り、思わずツッコミを入れてしまう。
今にも泣き崩れそうなヘタレた前嶋を慰めつつ、凶暴化している薫を宥めすかして歩き出す。
前方では、もうトレーを片付け終わった真藤が呆れたような眼差しでこっちを見ていた。
こんな光景に、何故か溢れ出てくる笑い。
心の中で密かに3人に感謝をしつつも、抑えられない笑いの衝動に肩を震わせながら、食堂の出入り口で待っている真藤の元へ足を進めた。
ともだちにシェアしよう!